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side:A 一枚上手の彼女
彼女、アンジェリカの元にやってきた。
「…………」
しかし手が動かない。心臓がドクドクいう。
や、やっぱりだめだっ!
これ、エレーゼが嫌がると思う。いくら都会の若者の間で流行ってるといっても。別に他意はない、子どもの悪戯の延長の成り行きでも。エレーゼは絶対嫌だと思う!!(むしろ嫌がって欲しい!)
「……ぷっ」
「ぷ?」
アンジェリカが噴き出した。
「うふふ……あはははは!」
そしてお腹を抱え、大笑いしている……。
「なにを百面相なさっているのですエイリーク様!!」
「へ??」
今、僕の名を……?
「まぁ、真剣なのは分かりましたわよ! ふふふふ!」
「え、あ、あの……」
ひとしきり笑った彼女は次に、呆れた顔をして。
「で、どうしてこんな謀りを?」
え、えっと。まだ言い訳は早いかな……。
「事と次第によっては、お姉様に訴えますわよ?」
ひぇっ……。顔が真剣だ!
「す、すまなかった! 謀りなんてつもりはなくて、ちょっとした悪戯で……」
さっきから頭を下げてばかりだ……。
彼女はふんと鼻から息を抜いた。
「もしかして最初から、バレていたのか……?」
「ん──……そうでもないですわ。意外にも堂に入っていましたわね、エイリーク様の演技。立ち振る舞いは完璧でした」
「じゃあ話し方かな」
「そう、気立ての違いが少々。だからよく見てみたのです、“手”を。そうしたら分かりました」
また彼女は余裕の微笑みを浮かべ。
「エイリーク様だと分かったのではなくて、これはジークムント様ではないって」
「うん?」
「ご存じです? ジークムント様は何か道具を……特に棒状の物を手にすると、くるっと回すクセがあるのです」
「へぇ。知らなかった」
子どもの頃はそんな手癖なかったから。
「だから、ナイフを持つあなたの手がおとなしすぎて、これは……と思った次第です」
「そうか。じゃあ僕の負けだ。撤退させてもらうよ。手伝いももう、終わったよね?」
「ええ。お片付けありがとうございます」
こんなにあっさりバレてしまったんだ、色紙は諦めるよりほかないな。
おとなしく退室することに。
本当に、貴重な時間の浪費だ。業務が立て込んでいるというのに。
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