胸の脈うつ速さにまかせて

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胸の脈うつ速さにまかせて

 踏み込むとギィギィ鳴る短い階段を上がったら、そこは──。  天井の低い小部屋に、簡素なベッドと木机、丸椅子……。仮眠のための場所でした。 「良かった。雨漏りはなさそうだ」  ランプを机に置いたら彼は、私をベッドに座らせました。  この時にまた、空を鋭く走る稲光の響きが。 「っ……」  身を縮める私の隣に座り、彼は一度だけ背中を撫でて。子どもをあやすような声で言いました。 「何も考えずに寝てしまえば怖くない。朝が来る前に台風はいってしまうから大丈夫だよ」  そしてさっと立ち上がるのです。 「……どこへ?」 「俺は下にいるから、何かあったら呼んで。でもすぐ寝てしまうのがいちばんだ」  言葉尻で背を向けた彼。  1歩2歩と遠ざかってしまう。 ────待って。  私はベッドに手をつき弾みを付けて、駆け出していました。 「!」  体当たりして、驚かせてしまったでしょう。  その背にしがみつくと私も、胸の鼓動が早鐘を打ち、代わりに胸よりほかの、身体のすべてが硬直してしまった。 「アンジェリカ?」  彼は振り向きもせず、その声はどうも困惑の色を含んでいます。 ──でも聞こえる。あなたの背中から、私と同じ速さで高鳴る鼓動。 「……行かないで」 「そういうわけにも」 「雷が……風も強くて、怖い……。あ、朝まで、一緒に……いて」 ──夜をあなたと超えたいの。  そうよ。  結婚がしたいわけではないの。ただ、心から“この人だ”と思う相手に、一度でだけでもいい、つよく求められたい。  生まれてきてよかった、って、この人と運命が重なり合うこの時のために私は生まれたんだって、実感する瞬間が欲しいのです。  触れあって抱きしめられて、一瞬一瞬の幸せを身体に刻みこんで。これからひとりきりになったとしても……さみしいときも逃げたくなるときも、その思い出を宝石箱から取り出すように大事にすくい上げて、晴れやかな感情(こころ)で満たされたら……  この先の人生を穏やかにも強かにも生きていけるんじゃないか、って……。 「っ…?」  急に振り向いた彼が私の腕に触れました。そして、その表情を私が確認する間もなく──。  彼は私の両肩を支え前進します。まるでダンスのステップ。彼の優しいリードで水面(みなも)を滑る感覚。  私たち“ふたりで一体”であるかのように重なって、踏みこむその先は。 「あっ……」  私のふくらはぎがベッドの淵に当たりました。  次の瞬間、どさっ…と一緒に倒れこんで……。  私を潰さないようとっさに身体をずらした彼が、おもむろに上半身を浮かせたら。  ……私を閉じ込めるように覆いかぶさってきて。  私は今、この顔を覗く彼をぼうっと見上げています。 「こんな」  ん……? 「ベッドしかない小さな部屋に引きとめるなんて。どうなるか分かるよな?」 「………………」  なんだか困り顔?
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