ラブ・レター

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ラブ・レター

 雪がしんしんと降り積もり、霜の声が聴こえてくる今は2月の終わり。私は30歳の誕生日会を終え、今後の身の振り方を考えながらゆったりと過ごしております。  そんなある朝。目が覚めても身体がやたら気だるく、めまいもあり起き上がれなくて。 「アンジェリカお嬢様。お気分でも?」 「ええ……。お願い、たらいを、持ってきて……」 **  はぁ……。  そういえば……。決定的ですわね……。はぁ……。  はぁ、じゃないですわ!  どどどどどどどうしましょう!!  新しい、命!? ほんものの命が私の、ここにっ……。  はああああどうしましょうっ!  こんな、浮き草のような立場で、子どもなんて育てられますの!?  お父様に相談しなくては! ……いえ、ただでさえ調子のすぐれないお父様の負担になるわけには。  お姉様はっ……こんなお忙しい時に……。なにより私は、未婚の身で……。  生まれてくる子に何も用意してあげられない。身分も、将来への支度も、……父親すらも。  でも、なんとしてでも育ててみせます。だから……  無事にこの命と出会わせて────  ん? ドアをノックする音がしたけど、メイドではないみたい。 「お父様……」  そこを開けたらパリッとしたお衣裳を着こなす彼が。 「お父様、ご気分は」 「気遣いありがとうアンジェリカ。今日はだいぶ調子がいいんだ。だから久しぶりに君とティータイムを過ごしたくてね」  お父様の微笑みがいつものとおり優しくて、胸に安心感が広がります。  でもやっぱり言えない。心労を掛けるようなことは。 「晴れていたらテラスで楽しみたかったのだが。春はまだ先だな。じゃあ談話室で待っているよ」 「はい、お父様」  ここで、いったんは出て行こうとした彼がふっと立ち止まりました。 「?」 「ああ、君に手紙が着ていたよ」 「手紙?」  メイドに持たせていたそれを、私にさらりと手渡しました。 「ジークムントからのようだ」 「!!」 「心配は尽きないが、君が彼の無事を祈っている限り、神のご加護があるからね」  お父様を扉の向こうへ見送ってから、私は少々震える手でナイフを封筒に差し込みました。 「ジークムント様の字……。無事で、いる……」  冒頭に書かれた私の名を目にしただけで、愛しくて。  この名を呼ぶ彼の声が聴こえてくるようで。  私は目を凝らして、その流麗な字を追っていきました。 ────親愛なるアンジェリカ 連絡が遅れてしまってごめん。あまりの慌ただしい日々に、このたった一言すら書いて送る時間を見つけられなかった。とまぁ、言い訳は捨て置いて。 結婚しよう。 まだ先になってしまうけど、必ず無事に、君のもとに帰るから。 そうしたら命の終わるときまで、ただ当たり前に俺といて。 同封した小切手と同じ額のそれを毎月送るから、それで、ふたりで暮らす家を準備しておいてほしい。 足りなかったら言ってくれ。それではよろしく。────
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