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side:ジークムント ファースト☆セッションへ
「さて、ジークムント様? いるのでしょう? どちらにお忍びになっているのかしら?」
アンジェリカがカーテンの裏を確認しだした。見つかるのも時間の問題だな。
俺は観念して腰を上げ、机の下から這い出ていった。
「全部お見通しだったか」
背後の俺をびくっと振り返った彼女は、上げた肩をすとんと下ろした。
「いい大人がふたりそろって、悪趣味な悪戯ですわ」
「いや、君は化かされないと思っていたよ。でも俺にそんな手癖あったかな?」
「なくて七癖と言いますからね」
「よく見てるんだね」
「…………」
「アンジェリカ?」
目の前の彼女は呆けている。
「べ、別に見てませんわ! あなたの手なんて、特にこれといって見てないです!」
「…………」
見てなきゃ気付かないだろうよ。そんなのつっこまれたの、初めてだぞ?
「別に俺の手を、なんて言ってない。他者をよく観察しているって、一応褒めたんだが」
「…………」
彼女はほんのり頬を染めて、顔を背けた。
スレンダーな輪郭を少し下膨れにしたその顔、意外にかわいいな。
「とにかく! 何かを持つとくるってするそれ、お行儀が悪いですわ」
くすりと笑った俺を牽制するように、彼女は声を荒げた。
「あー、これさ、たぶん医者の手癖なんだよ。そういえば現場でやってた人ら居た。つまり、もう貴族ではない人間のクセだ。行儀うんぬんはナンセンスだよ」
アンジェリカに詰め寄りながら言い放ってやった。
「でも、君に気付かれて嬉しい」
「もう! 実家に戻ったからには貴族のマナーを忘れないで」
色白い綺麗な手の甲を、俺の顔を遮るように差し立てる彼女だが。表情はいつものごとく朗らかで、少々生意気な視線で、
これはもうご機嫌とみて良さそうだ。
「じゃあ、アンジェリカ。今から出かけて、夕食を食べてこよう!」
まさか昨夜に続いて断ってくるなんてないよな?
「今夜は、三月に一度の、従業員のための謝恩会があるのです。お姉様考案の特別メニューが振舞われますのよ。お出かけできませんわ」
秒で断られた。まぁ、
「それは俺も食べたいな」
仕方ない。それなら夕食までの時間、彼女の気を引く何かを……。
「あ、ジークムント様」
「ん?」
ふと思い出したように彼女は尋ねる。
「まだヴァイオリンはお弾きになります?」
「ヴァイオリン? ああ。もう長いこと練習していないが、弾けなくはないよ」
「でしたら、謝恩会でみなさまに披露しませんか」
彼女の顔に赤みがさした。
「……。いいよ」
君が俺の旋律を彩ってくれるんだよな?
「では早速、準備いたしましょう。ささ、防音室へ!」
高らかに言いながら俺の背に回って急かす。
俺のこと子どもみたいだとか言うけれど、君もよく子どものような表情になるよ。
そんなことを口にするとまた機嫌を損なう恐れがあるから、言わないでおこう。
「あ、つま先にキスされたいのだっけ?」
「あら、冗談が通じない方ですわね?」
「冗談だよ」
エイリークには冗談通じないから、後で訂正しておかなくては。
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