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結婚なんていたしませんわ
さかのぼること3週間前――。
「お父様、ごきげんよう。本日もうららかで、絶好のティータイム日和ですわね」
青空の下、私は長いドレスの裾をつかんで軽やかに会釈する。
「ああ、この晴天のもと光を浴びる君も健やかで美しい、私のエレーゼ。そのミュゲの髪飾りもよく似合っているよ」
そう手の甲にキスをして、お父様は私を優しくエスコートする。ここは我がストラウド家邸宅の庭。よく手入れされた垣根の奥の、誰の目も届かない静かなテーブルで、私はお父様と2日おきのアフタヌーンティータイムを穏やかに過ごす。このせわしい日々の中、柔らかな空気たゆたう、もっとも幸せなひと時だ。
「先日、隣のルーベル地方の友人に呼ばれてね。日帰りで出かけてきたのだ。君に土産だよ」
「まぁ、いい香りの茶葉クッキー! ありがとうお父様」
お父様のにこにことした顔を上目で見て、私は嬉しくなる。
お父様は美しい。精悍な顔立ちに気品あふれる仕草、もう四十路だというのにその肌のつやめき、それは日々を生き生きと充実させて過ごしている賜物だろう。兄に家督を譲ってからは時間に余裕ができたのもあるだろうか。なにより、大らかな気性が温かな微笑みと共にこぼれ広がり、これほど整った男性的な面立ちにも関わらず、少しも威圧的なものが感じられない、器の大きさというものが感じられ、そばにいると安心できる。ああ、もう、お父様大好き――。
「それでね、エレーゼ。君ももう18なのだし、そろそろ真剣に結婚を考えてみてはどうかと思うのだが」
「は?」
幻聴かしら。
「実はぜひ君にと、いい話をいただいたのだが」
幻聴ではなかった。お父様が私をこの家から追い出そうとしているだなんて。
悪夢だ。
「嫌です! 結婚なんて。私は永遠にお父様のおそばにいます! 何度もそう申し上げているではありませんか」
「でもねぇ、父は永遠に君といてはあげられないんだ……」
「お父様が天国へと旅立たれた後は、ひ、と、り、で、お父様の菩提を弔って生きていきます!」
「貴族の娘が何言ってるの……」
その時、軽快な足音が。
「ごきげんよう、お父様、お姉様。私もご一緒してよろしいです?」
「ああ、アンジェリカ。君もこちらへおいで」
あら、アンジェリカ。はぁ、どうして見つかってしまったのかしら。2日おきの貴重なひと時を邪魔されたくないのに。
一つ下の実妹アンジェリカ。私の大切な家族。「大切な」、そこに嘘はない。でもこの子といると、胸がいつだって重苦しくなる。
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