亡き母の呪い?

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亡き母の呪い?

 アンジェリカは、自分の知る令息か――なんて聞いているけれど。彼女の知らない同年代の男子なんていないんじゃないか。  私はそんな社交界がだるくて、もう何年も、できるだけ欠席しているけれど、この子はいつも顔を出し人脈を広げ、たくさんの情報を入手している。 「アンジェリカでもよくは知らないお家の貴公子かな。今回話を頂いたのは、隣地方のノエラ辺境伯のご令息なんだ」 「ルーベル地方の、ノエラ辺境伯といえば、地方境の御大尽ですわね」  我がストラウド家領地は、ここヴェルシア地方の最北に位置する。北隣のノエラ領は馬車で2時間程度だけど、コミュニティーが違うので社交場で顔を合わせることはあまりない。  このたびどうしてお父様がその遠方から話を持ってきたかというと、もうこちらのコミュニティー内で、私と縁組をしてくれそうな令息がいないからだ。  母が存命の3年前までは、嫌でもパーティーに顔を出させられていた。そして将来の縁組のためにと、何度か同じ年頃の令息を紹介されて。  でも、そんなの前向きな気持ちになれるわけないじゃないか。彼らはみな、「ええー……ストラウド家ご令嬢って、妹の方じゃねえの?」ってしょっぱなから本心ダダ洩れ。がっかり感ダダ洩れ。幾度顔を合わせたところで、会話も盛り上がらず、どの相手も4度目の対面を待たず破談となった。 「あら、でもお姉様も私も何度か、そちらのパーティーにお呼ばれしたことがありましたわよ。ずいぶん前の話ですけど」 「確かに、馬車で時間をかけてお出かけしたわね。もう10年近く前のことじゃないかしら」 「そうよ、私、覚えていますわ。私たちと歳の近いご令息がいらして、確か……。ひときわ目を引く美しいご子息が、音楽もダンスも、すべての芸事に秀でていらっしゃって。学問も先んじて優秀な成績をおさめられ、神童と呼ばれていたとか」 「あなた、まだ10にも満たない頃の、しかも他人のことをよくそんなに覚えているわね」 「それだけ目立たれていた方ということですわ。まさか、その方とのご縁談ですか?」 「そんな神童がいまだ独身で、しかも私のところに縁談がまわってくるなんておかしなこと、あるわけないでしょ? あなたの記憶違いか、そうでなければ、すでにただの人になってるってことね」 「でもね、父はものすごくいい話だと思うんだよ。先方は19歳で歳も近く、物腰柔らかな青年だというし」  お父様は本当に優しい。私に幸せな結婚をして欲しい、親の切実な思いだろう。でももうひとつ大事なのは、母の遺言。「必ずアンジェリカより先にエレーゼを嫁がせて」という呪いの言葉のせいで彼はほとほと困っているのだ、私は知っている。  これは母の「そう言っておけば、妹が嫁いで幸せに過ごしているにもかかわらず姉は売れ残って生涯孤独、となることを避けられるだろう」という、私への愛ゆえの策だった。だけれど。 「呪いでしかないっ……!」
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