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王子様の隣にはもう姫がいるの
「それはおかしいわ。ルーベル地方の状況は詳しくないけれど、ノエラ辺境伯の嫡男よ? そんなにいい縁談はそう転がっていないでしょう?」
「私もおかしいと思いますわ。でもそういったわけで、縁談が地方境を越えたのでしょうね。これはつまり……」
「ご本人にとてつもない問題があるとか? でもあなたの記憶では、ずいぶん優秀な美少年でいらしたのでしょう?」
「ええ、私もあの頃、お顔を拝見した覚えがありますし、ヴァイオリンもそれは優雅にお弾きになっておられましたわ」
「美少年がたとえ若くしてツルっぱげになっていたとしても、坊主の美青年でお断りする理由としては弱いわね」
「エレーゼ……言葉遣いに気を付けなさい」
「お父様がたとえ一本無しになっても私はいつまでもお傍にいますわ!」
「うん、ありがとね……」
そこで私は考えた。もし相手側に重大な欠陥、主に精神面でそのようなことがあれば、こちらからさくっとお断りする理由になって効率的だ。一応こちらからわざわざ出向いたのだから、体面は保って差し上げたわけだし、穏便に、なかったことにできれば、それがいちばんいいのだ。
***
今回はシャングリラホテル最上階の応接間を使っての見合いということだ。お相手はまだ来てない。私たち3人はゆったりとしたソファに腰掛け、紅茶を嗜みながら待っているのだが──。
「どうして私の隣にアンジェリカ、あなたが座っているの!? そこお父様でしょう!」
「あら、お姉様が無作法をしでかしたら、思いっきり踏んで差し上げようと思ってのこと。親切心ですわ」
「余計なお世話っ! ……はぁ。ちょっとお花摘みにいってくるわ」
「お姉様ってば、お相手がおみえになっても知りませんわよ」
私はグラウンドフロアまで降りて、そこをうろついていた。
こういうところに来るのは久しぶり。華やかな建築様式を見て回るのは好きなのだけど。社交パーティーに参加するのはうんざりだから。
その時、私は床に落ちている小物を見つけた。
「懐中時計?」
拾ってみたら、ふたが開きかけている。
「壊れてないかしら。ちょっと失礼……。ん?」
時計に異常はない。そして、ふたの裏にあったのは、すこぶる美しい貴婦人の肖像画だった。
「どこかの紳士が落としたのね。えっと、レセプションは」
私はそれをしっかり閉じて、レセプショニストにお届け。
「さてと、さすがに戻らなくてはね」
階段の方へ行こうとしたその時。前方から颯爽と向かってくる一人の男性が。
「……!」
私は息を飲んだ。
この瞬間は少し遠目だけど、それでも感じられる。毅然とした姿勢、なのに、それを包む優し気な雰囲気。物語の中から飛び出てきたような、華やかな貴公子が、軽やかな足取りで私に向かって歩いてくる。
マッシュウルフの王子様?
そのプラチナブロンドの髪が、晴れた日の煌めく海のような碧い瞳が、溢れんばかりの輝きを放って、私のところに――――??
「………………」
「すまない、落とし物をしたのだが」
私の横を颯爽とすり抜け、レセプションにまっすぐ向かっていった。
「はぁ……。来るわけない」
思わず立ち止まってしまっていたけれど。そりゃそうだ。物語の中の王子様なんて、私とは住む世界が違うわ。そりゃ小さい頃は、メイドが読み聞かせてくれた美しい世界に憧れもあったけど、もう子どもじゃないんだもの。
王子様なんて興味ない。自分の世界に存在しないものに、これっぽっちも興味ない!!
「こちらの金時計でしょうか?」
――――え?
「ああ、これだ。ありがとう。中身は見てないね?」
「もちろんでございます」
安心した顔でその男性は、それを懐にしまい入れた。
……ほら、やっぱりね! 美しい貴公子とは美しいご令嬢がすでに“つがい”となっているのよ! それはもう、選ばれし美しい人々の世界の話であって、私のような凡人には関係ない。さて、見合いも早いところ断って、さっさと家に帰ろう。
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