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美人に惑わされない男
「あら? 先方はまだ見えていないの?」
「お姉様……軽んじられていますわね」
「あちらの家の方がよほど格上なんだから、仕方ないのじゃなくて?」
この縁談を父に持ってきた方も、ソファの隅で小さくなっている。
「も、もう少しでございますよ」
「構いませんわ。そんなに恐縮なさらないで」
その時、ドアのノックが聞こえた。
「ああ、ようやくお越しのようだ」
紹介人の方がドアの元へ寄っていく。
「ほんとうに、どういったお方なのかしら」
アンジェリカはソファの端にやったので、お父様にこそこそと話しかけている。興味津々といった様子だ。私はどうお断りしようか、気が重いというのに。
扉が開いた。
「!!」
なんてこと。たった今入室し顔を見せた殿方は、ついさっきレセプションの前で、恋人の肖像画を愛おしそうな顔でうっとり眺めていた貴公子だ。
決まった恋人いるんじゃない! 私はそう声を上げそうになった。
そこではっと気付いた。それだからこんな格の高い御家の見目麗しい貴公子が、縁談を断られ続けいまだ独身でいるのだ。彼が結ばれ得ぬ恋人に操を捧げ、破談に持ち込んでいるのか、はたまた恋人の存在に気付いた女性側が憤慨したのか知らないが。
彼が私たちに歩み寄ってくる。ともかく、最初から互いに乗り気でない縁談なのだこれは――。
「えっ?」
彼が立ち止まったのはアンジェリカの脇……ソファーの私の側とは反対の方に。
「お待たせしました。初めまして、レディ」
彼がアンジェリカに手を差し出したので、彼女は手を添え立ち上がった。そして彼はひざまずく。
「本当にご足労いただき申し訳ない、のですが、私はあなたとは結婚できない」
「「え??」」
私たち姉妹の声が被った。
私たちの疑問の感嘆は、ほぼ意味が同じであろう。これは単純に「ストラウド家に断りを入れた」という意味ではない。それはつまり、この男性はアンジェリカに断りを入れたのだ。
異例の事実だ。私の知る限りでは、アンジェリカを拒否した男性など、ひとりとして存在しない。
どいつもこいつもデレデレのヘラヘラになって彼女にはひれ伏すものだ。たとえ「まだ結婚は早いよな~」という考えの放蕩息子であろうとも、「恋人に一途です!」という純情青年であろうとも、「こんな美女が~~!」と手のひら返す。
彼女はそれを分かっているから、どいつもこいつも生殺しにしているわけだが、ほら、彼女の顔は、「この私に“ごめんなさい”って言った!?」という驚愕の表情である。
────なにこの人、心がすかっとする。
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