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料理対決…ですか?
つまり彼の、“何らかの事情があって一緒になれない恋人”は、こちらの彼女。
彼女をよく見てみると、童顔ではあるが、年の頃は私よりけっこう上のようだ。そしてその装い、醸す雰囲気、まさか既婚者……?
ってことは、彼の縁談は彼女の差し金なのでは? 道ならぬ恋に溺れているふたりが水面下で関係を続けるために、体面を整えようとして……。彼は気が進まない、といった様子であるけれど。
だって彼、見るからに彼女にベタ惚れで、言いなりになってる。でも、彼女も彼女で、見合いが気になって乱入してきた、ってとこ? そりゃこんなふうに乱入されたら、どこの御家も怒って退室するわ。
馬車で2時間かけてやってきて、こんな茶番に付き合わされた私って……。お父様には罰として、丸一日お出かけに付き合ってもらおう。
なんて少し考え事をしていたら、何やら話が進んでいる。
「だからね、このホテルの厨房を借り切ったわ!」
「……。どういうことだい?」
見合いの真っ最中だというのに、当人である私は普通に放っておかれている。
「家に動ける料理人がひとりもいないのだもの、私が作るしかないでしょう?」
「作るって何を」
「今夜のディナー」
「…………」
何の話なんだ。この場を閉めてからにしてもらいたい。彼らの顔をちらりと目に入れると、エイリーク様の表情が完全に固まってしまっている。もう帰っていいだろうか。
「はぁ。シャルロッテ。今、見合いの最中なのだが」
「あら!? 夕方ではなかったの?」
「13時からだと言っておいただろう?」
「じゃあ! もしかして、そちらのご令嬢が……」
年上恋人の貴婦人が、私をじろっと見てきた。虫も殺せないような淑やか顔なのに、なんだか非常に迫力のある美女だ。
「あなたも手伝ってくれないかしら!?」
「!??」
手を握られた。
「どうしてそうなる!? せめて自宅でやれ!」
「だって家じゃ手の空いている使用人がろくにいないのよ。だから、ここのレストランの料理人も貸し切ったわ!」
ええと、どういう話になっているのだろう。
「さぁ、厨房へ行きましょう!」
「シャルロッテ! よそのご令嬢に、そんな下働きのようなことを……!」
「あらぁ、箱入りご令嬢は、料理の一つもできないの?」
「んん!?」
何ですかその言い草は。
「できないじゃない、普通はしない! 世間のご令嬢は君とは違うんだ」
その時なぜか、私の中で、めらっとした感情が沸き起こった。
「いまいち状況が分かりませんが、どうやらお困りのようですし、私もお手伝いいたしましょう。今夜のディナーを用意するのですね?」
あ、つい、言ってしまった。
「ええ! 私の家の、50人分!」
「こちらで用意して、お料理が冷めてしまわないかしら?」
何を言っているのだ、私。自分でも面倒事に首突っ込んでいると分かるけれど。
「家すぐ近くだから!」
「あ、あの、エレーゼ嬢……」
「はい?」
なによ、あなたの恋人の乱入でこんな訳の分からないことになっているのに、困り果てた顔して。相手が年上だから、諫めることもできないの? 情けないわね。
「私、お料理、たまにするのですよ。私も世間一般のご令嬢とは違いますので」
「エレーゼ……」
お父様も見合いのつもりで来たのに見合いが始まらなくて、戸惑っているばかり。
「お父様の分もこしらえてくるわ。ダイニングテーブルでお待ちくださいね」
ま、ここで十分な働きさえすれば、縁談をこちらからお断りしても角が立たないでしょう!
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