リリー・ルシアン

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 もし魔法さえあれば簡単に治せたであろうが、リリーにその能力はない。  残念ながらこの世に攻撃の魔法は存在すれど、人体の病を治すような魔法はないのだ。  故にリリーは、左足を失い義足という手段を選ぶほかなかったのだ。  義足でも冒険者は出来る。生きてさえいれば――と思っていたのだが、現実はそう甘くなかったと今思い知らされ、リリーは今ここで英雄としての人生も冒険者としての人生も全て諦めるしかない選択を見せつけられていた。手段がないならもう、仕方がない。リリーは新しい人生を探すしかないのだ。  悲しい、という気持ちで覆いつくされど、感傷に浸って何が変わる筈もない。そうわかっているリリーは受付嬢の方を向くと無理したとびきりの笑顔を浮かべた。 「じゃあ、貴女ともこれでお別れね。たまに街中で会うかもしれないけど、今までのようにやりとりするようなことはないでしょう」 「……」  てっきり淡々とした「そうですね」という言葉が返ってくると思っていたリリーは、沈黙した受付嬢に首を傾げた。  肩が震えているようにも見える彼女に「あ、ごめん、もしかして圧があったかな。そうだったら、ごめんなさい」と慌てて言葉を続けた。リリーが英雄になれたのは覇気のある言葉遣いと物怖じしない姿勢だ。屈強な男たちを言葉で屈服させるほどの圧を持っているリリーの気迫にいくら経験豊富な受付嬢といえど震えても仕方がない。無意識のうちに苛立ちが混じってしまったのだとリリーは慌てたが、受付嬢は静かに首を横に振ると、少し潤んだ瞳をリリーへと向けた。 「いえ。すみません、こちらこそ……取り乱してしまいまして」  受付嬢は震えた声でそう告げると、一呼吸置き、がばっと頭を下げた。 「私の妹を救ってくださりありがとうございました、英雄、リリー様! どうか、今後の貴女の人生に幸あらん事を!」 「……っ!」  リリーはその言葉で理解した。  滅多に感情を見せない受付嬢が震えている理由を。 「そう、貴女の家族だったのね」  呟いて、リリーは少し晴れやかな気持ちを取り戻した。
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