帰ってきた皇女 -プロローグ-

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――― 皇太子が香和の居住宮である『共和宮』を離れてから間もなくして、御膳房から食事が運ばれてきた。それを受け取った桂花が、隠れていた朱里にそれを渡す。 「母上には粥を作って食べさせて。それ以外は何もいらない。でも…何も入っていないのは味気ないわね。母上は卵が好きだったから…卵を入れてあげて」 朱里の言葉を聞いて頷いた桂花は、そそくさと給仕場へと走っていった。 朱里は見知らぬ侍女が持ってきた御膳房からの食事が入った籠を開け、中身を確認した。匂いはない。しかし、米が黄色っぽくなっている様子を見ると疑いが確信に変わる。朱里は御膳房の食事を持ったまま、医務処へと向かった。 医務処には帰宅を前に片づけをしている侍医や医官もいれば、未だ作業中の者もおり、日報や個人の診断書を記録している者もいる。しかし、それらの視線は朱里が医務処に足を踏み入れたと同時に、一斉に朱里へと向けられた。 侍医は全員男性であり、彼らは宦官(かんがん)とは違って子を成すことができる。侍医である時点で、彼らはすでに※官吏(かんり)なのだ。つまり良い家柄に育ち、皇家に尽くしてきた者たちとも言える。そのため、城下に家を構え、妻帯している者も大勢いるのだ。 それでも、朱里のように若くて美しい女性には気を取られてしまうのだろう。その目の色は仕事中とは思えないほど好奇心で満ち溢れている。 そんなことは気にも留めず、朱里は言った。 「香妃を担当する侍医はどなたかしら?」 そういうと、責任者らしき男性が近づいてきて、朱里に恐る恐る尋ねた。 「失礼ですが…あなたは…どなた様ですか?」 そう言う侍医の顔を見た。 皇宮を離れたのは3年前。たった3年だ。顔は大きく変わっていない。むしろ歳を重ねた分、母親である香和に似たはずだが、この侍医は気付かないらしい。それなりの地位にいるのなら、長年この医務処にいるはずだが、皇女である朱里に気付かないとは、皇宮に務める者としてあるまじき事。当時まだ幼かった朱里でさえこの侍医の顔は記憶しているのに。 「第五皇女の朱里…と、言えば分かっていただけますか?」 朱里が冷ややかな声で尋ねると、その侍医は目を大きく見開き、驚きを隠せないままその場にひざまづいて、床に叩頭(こうとう)し始めた。 「失礼いたしました!申し訳ありません!」と、何度も言いながら頭を下げる様子を見て、朱里は目を細めた。 「侍医を患者にするためにここに来たわけではありません。頭を上げなさい」 ※官吏(かんり)とは↓ 公法上の任命行為に基づいて任命され、国家機関(官公庁や軍など)に勤務する者。
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