帰ってきた皇女 -プロローグ-

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「ええ。もちろん、一人でやろうとは思っていません。私一人が証人では、皇后は開き直って逃げ切ってしまいますから。ですが…皇太子である兄上と実行するには目立ちすぎます。皇后が警戒しない者であり、兵が動かない事態に(とど)める必要があるのです。つまり…武芸に優れた同腹ではない皇子の力が必要です」 皇太子は納得した様子を見せた。そして尋ねる。 「適任者は誰だ?」 朱里は軽く息を吸い、答えた。 「第七皇子…静司(せいじ)殿下です。第七皇子は栄妃の御子(みこ)であり、私と共に武芸を学び始めました。栄妃の血を引いているからか、口下手で人との関りを極端に嫌いますが、優秀で努力家です。それに…以前、私たちを助けてくれた功績もある。陛下なら第七皇子を信じます」 はっきりと断言した朱里を見て、皇太子はもう何も言うまいと思った。 朱里は一度言い出したら誰に何を言われても聞かない性格だ。ここで皇太子が何かを言い出したとしても、朱里の意見は変わらないだろう…そう思ったのだ。 「分かった。とりあえず、もうそろそろ御膳房から食事が届けられる時間だ。今夜は鳩を落とすのは難しいから、明日の朝落とすことにする。筆跡を真似できる者と、新しい書簡も用意しておこう。それから…念のためだが、お前たちが実行犯を捕まえた後、万が一があるやもしれん。逃亡を想定して、実行犯を監禁するための部屋を第3騎士団の未路(ミロ)に頼んでおく。さすがに賢清(けんせい)はお前に近すぎるからな」 そう言って皇太子は椅子から立ち上がった。 「それから、後で明日の(うたげ)の衣を届けさせよう。ついでに信用できる侍女と凄腕(すごうで)の侍衛も何人か送っておく」 朱里も立ち上がってひざを折り、挨拶の姿勢を取った。 「皇太子殿下に感謝いたします。しかし、侍女と侍衛は一人ずつで結構です。夜間帯は必要ないので。それに、これからは母上に解毒薬を飲ませるため、ほとんどの時間をこちらで過ごすことになります」 「母上の毒を抜けるのか?」 その問いに、朱里は目を伏せた。 「例え毒が抜けたとしても…母上の臓腑(ぞうふ)はすでにボロボロです。もともと食の細い方ですから、回復も難しいかと……。それでも延命くらいはできるでしょう。しかし、放っておけば数日中に亡くなってしまうかもしれません。陛下にも…心構えが必要でしょうし……」 朱里はそう言って俯きながら歩き出した。 部屋のふすまを開いた。 空を見ると、すでに薄暗くなっている。 皇太子は朱里の後ろ姿を見ながら、自分の母親がもうすぐ死ぬことを悟った。そして母を殺そうと陰で動いているのが皇后であり、皇后が泉国とただならぬ関係で繋がっている事も理解した。 この事を、朱里と一緒に皇宮にやってきた泉国の皇子、輝照(きてる)は知っているのだろうか?輝照もまた、皇后の手先なのだろうか……。 答えは出ないまま、皇太子もまた部屋を出て朱里と並んで空を見上げる。 「明日中に準備が整えば、明日の宴で決行します」 朱里が言うと、「私も守備を固める」と言って、二人は歩き出した。
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