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「ここ、もう少し影を強調したほうがいい」
「形取れてないぞ。もう一度よく見て」
貴臣は生徒たちのデッサンをまんべんなく見回りながら、順番にアドバイスを与えてゆく。
一回りして見学中の昴に目を移すと、座ったまま、すぐそばにいる生徒の手元をじっと見つめていた。
貴臣はバッグから私物のスケッチブックと鉛筆を出し、差し出した。
昴は驚いた顔で見上げた。
「描いてみる?」
「えっ、いいんですか?」
彼は弾んだ声で答えた。
「ああ。ただ見てるだけってのも、退屈だろうし」
「はい! 実は描きたくてうずうずしてました。ありがとうございます」
昴は嬉々としてスケッチブックをめくりはじめた。
そして、目の前の机に置かれた、リンゴをじっと見つめ、当たりをつけはじめた。
貴臣はしばらく後ろからその様子を眺めていた。
脇目も振らずに、一心に対象に挑んでいる。
全身から描くことの喜びが伝わってくる。
どの生徒も絵を描くことが好きでここに通っている。
だが受験という壁が立ちはだかっているせいか、昴のように目を輝かせてデッサンにいそしむ生徒はあまりいない。
この様子なら問題ないだろう。
貴臣はまた他の生徒の見回りに戻った。
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