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「見ていて思ったけど、きみは本当に絵を描くのが好きなんだな」
貴臣の言葉を受け、昴はぽつぽつと話し始めた。
「めっちゃチビのころから、とにかく描くのが好きで。紙だけじゃ飽き足らなくて、部屋とか廊下の壁にも描いて母親によく叱られてました」
「ああ、わかる気がする。さっきも子供みたいに描くことに夢中だったから」
「えっ、さすがにもう高校生だし。そんなことは、ないけど……」
昴は照れくさそうに小声でつぶやき、頭を掻いた。
色白の頬に赤味がさしている。
「じゃ、あそこの窓口で手続きしたらいいから」
「はい。ありがとうございました。えっと……」
「小川だよ。小川貴臣」
「じゃあ小川先生。明日からよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしく」
知っているのに初対面のふりをするというのは、妙な気分だ。
貴臣は昴の後ろ姿を見ながら、そう思っていた。
だが、わざわざ、あの日のことを口にする必要はないだろう。
ほんの一瞬、すれ違っただけなのに、きみのことを覚えていたよ、なんて言ったら逆に引かれるだろうし。
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