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「……いいの?」
「この辺の店に入ってもいいけど、その顔、あんまり人に見せたくないんだろ?」
「ごめん……先生、ありがと」
貴臣は、昴の背中をぽんと叩き、駅に向かって歩きだした。
***
下宿は大通りから1本入った住宅地にある古いアパートだった。
2階建てで外階段がついているタイプ。
貴臣の部屋は、4部屋並んでいる2階の一番奥だった。
古くて不具合も多かったが、角部屋で裏が駐車場になっていたので日当たりが良く、家賃の割には部屋が広いところも気に入っていた。
絵を描くのに最適だった。
とんとんと音を立てて階段を上りながら、昴はめずらしそうにきょろきょろ、あちこちを眺めている。
たぶん、こいつの家は豪邸かタワマンなんだろうな。
なんか、そんな気がした。
「どうぞ、入って」
そう言いながら、ドアを開けた。
「へえ」
昴が軽く驚いたような声を上げた。
「何にもない」
「必要なものはそろってるけどな」
「男の一人暮らしって、散らかってるイメージだけど」
「ああ、散らかるのが嫌だから、よけいなものは置かないんだよ」
言われてみれば、たしかに殺風景な部屋だ。
家具といえば、ベッドとスチール棚と小さな机だけ。
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