第二章 例外

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 食器も服も最小限。  この部屋で過剰なものと言えば、画材とキャンバスぐらいか。 「上がれよ。ああ、スリッパはない。客が来るのははじめてだから」  そういえば、知り合いを呼んだことは一度もなかった。    昴は一直線に窓際のイーゼルに置いてある油絵に向かった。 「先生の作品観るの、初めてだ。すごくいいですね」 「お世辞はいらないぞ」 「違います。この青がいい。それにすごく先生らしいと思って。この部屋みたいで」 「空疎ってことか」 「そうじゃなくて、無駄が一切ないってこと」  昴が見ていたのは描きかけの水面(みなも)の習作だった。  東京郊外の山にスケッチに行き、山頂の滝に触発されたもので、課題でも出品作でもなく、好きなときに好きなように描いている作品だった。    昴は「他のもいいですか?」と声をかけてから、壁に立てかけていた数枚の油絵に手をかけた。 「風景と静物しかない。先生、人物は描かないんですか?」 「人間より自然の美に惹かれる、昔から」 「そう、なんだ」 「そこらへんに座っとけよ」  貴臣がすすめると、昴はベッドを背もたれにして座った。 「で、どうしたんだ、それ」
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