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貴臣は、絞ったタオルを手渡しながら言った。
昴はタオルを顔に当てると「冷たくて気持ちいい」と少し笑った。
それから、いつもより低い声でつぶやくように言った。
「父親にぶたれて」
「よくあるのか、そういうことは」
「ううん、今日が初めてです」
「親に黙って、うちに通ってたって、本当なのか」
昴はこくりと頷いた。
「うちの父親、人の言うことにぜんぜん耳を貸さない人間で。おまえは東大の法学部に入って法曹関係の仕事につけ、の一点張りで」
「ああ、遠野はS高生だしな」
昴の父親は大阪に本社がある電機メーカーに長年勤めていて、昨年、東東京支店長になったそうだ。
年齢は聞かなかったが、昴の父親なのだからまだ若いはずで、支店長は大抜擢だろう。
それほどの社会的成功を収めた親が、息子に期待をかける気持ちはわからないでもない。
「でも、遠野は絵が描きたいんだな」
「はい。高校に入って、学校で進路のこと、よく考えろって言われるようになって。でも、どうしても画家を目指すことしか考えられなくて」
膝を抱えた格好で昴は話し続ける。
「そう父親に言ったら一笑に付されて……そんなもんで、どうやって食っていくんだって」
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