第三章 急接近と突然の遮断

10/18

95人が本棚に入れています
本棚に追加
/98ページ
〈subaru〉  今日は幸せすぎた。  その反動で、今は地の底まで潜ってしまいそうな気分だ。  家に帰ると「ただいま」とだけ言って、すぐ自室にこもった。  一緒にいたときの先生の表情、声……全部、頭のなかで再生できる。  必死で心に留めたから。  はしゃぐ自分を見守る優しい眼差し。  作品に込められた意図を解説してくれたときの声。  ウイスキーにむせたとき見せた、レアな焦り顔。    貴臣が作品に注目しているとき、昴はそっとその横顔を見ていた。  眼鏡の奥の切れ長の眼、通った鼻筋、薄く引き締まった唇。  ウイスキーグラスを持つ指の美しさにも、心が揺さぶられた。  触れてみたい、とすら思った。    自分はもう引き返せないほど、先生が好きになっている。  今日、再確認した。  この想い、いったいどうすればいいんだろう。  どうやって、自分だけで消化すればいいんだろう。  やるせない気持ちを少しでも解消しようと、昴はスケッチブックを取り出し、記憶を頼りに貴臣の姿をひたすら描きつづけた。
/98ページ

最初のコメントを投稿しよう!

95人が本棚に入れています
本棚に追加