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「さ、もう始めるぞ。早く準備して」
「この後、何か用事があるの?」
「ああ、ちょっと約束があって」
「わかった。じゃあ、急がないと」
昴は釈然としない様子だったが、おとなしく貴臣の言うとおりにした。
絵を描きはじめると、昴は脇目もふらずに集中する。
その間、話すことは絵に関することだけだ。
その日もいくつかアドバイスしたが、その数も少なくなってきている。
着実に成長している。
だから、大丈夫だろう。
ここで、俺が手を引いても……
描き始めてから2時間経ち、窓に目を向けると夕闇が迫っていた。
「ここまでにしようか」
貴臣が声をかけると、昴ははっと我に返ったように、貴臣に顔を向けた。
目が充血している。
どれだけ集中して取り組んでいるんだ。
その彼の真剣さが愛おしい。
知らずに唇を噛んでいたのか、目と同様、こちらも目立つほど赤くなっている。
紅を引いたような赤い唇が、貴臣を惑わせる。
どうしても、触れたいと思ってしまう。
そう。
だからこそ、意を決して言わなければ。
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