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「ああ、とてもよく描けている」
貴臣は、昴の石膏デッサンを見つめながら、ゆっくりとした口調で言った。
その言葉に、昴がうれしそうに微笑む。
「そうだな……これだけ描ければ、レッスンは今日終了でよさそうだ」
「えっ?」
彼の唇から笑みが消えた。
「どういうこと?」
「これだけ描けるようになったら充分だ。もう、わざわざここに来なくても、自宅で繰り返し描けば、着実に力がつくよ」
昴は眉根を寄せている。
貴臣がなぜ急にこんなことを言い出したのか、いぶかしんでいる顔だ。
「でも、俺はまだ、先生にいろいろ教えてほしい。これから油絵もやりたいと思ってたし」
貴臣は昴から目をそらしたまま、首を振った。
「おい、俺はそこまでの面倒は見られないよ。今だって休日はほとんど使ってるんだよ」
「……どうして、急にそんなこと」
昴ははっと、顔を歪めた。
「もしかして何か言われた……の? その……彼女に」
「いや……」
言葉の濁す貴臣の目を、昴は覗き込んだ。
真意を探ろうとするかのように。
貴臣はあえて意識を閉ざした。
真意を悟られないように。
少しの間、ふたりとも何も言わずに見つめ合っていた。
先に動いたのは昴だった。
ふーっと息をつき、肩を落とし、言った。
「わかった……もう来ない」
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