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そして、がさがさと荷物を詰めこんで、後ろを振り返らずにドアに向かった。
貴臣が玄関に行く前に「今までありがとうございました。さよなら」という声と、ドアを閉める大きな音がした。
しばらくその場を動けなかった。
これで良かったのだと自分に言い聞かせていたが、心が身体に逆らっている。
少し経って、のろのろと、さっきまで昴が絵を描いていたイーゼルへと向かう。
何かがつま先に当たった。
下を見ると、昴のスケッチブックだった。
慌てて忘れたのだろう。
すぐに追いかけようとして、それを持ち上げたとき、手が滑った。
スケッチブックは床に落ち、ばさりと広がる。
そのページいっぱいに描かれていたのは、すべて自分の姿だった。
それを見たとき、思わずため息が漏れた。
自分たちは、期せずして、同じことをしていたのかと知って。
彼の描いた貴臣は、どれも穏やかな顔をしていた。
彼の前で自分はこんな表情をしていたのか。
あらためて、昴に対する自分の心を見せつけられた。
そして同時に、昴の心の内もはっきり悟った。
信頼を超えた、貴臣への恋心を。
相愛であったことを知った喜びと同時に、安堵の気持ちが広がった。
やはり、距離を置くことにしたのは正解だった、と。
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