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他のみんなは、その美しさに圧倒されている。
だが、貴臣は違った。
以前、渋谷で見かけた高校生が目の前に現れた偶然に、ただ驚いていた。
今年25歳になる小川貴臣は、美大の院生で油絵を専攻している。
院に入った2年前から、指導教官の紹介で、ここの講師のアルバイトをしていた。
あそこへは、よく足を運ぶ。
制作に行き詰まったり、意味もなく落ち込んだりしたとき、喝を入れてもらう。
あの、エネルギーの坩堝のような壁画に。
とはいえ、貴臣自身は、まるで正反対の静謐な世界を好んで描いているのだけれど。
あの日も友人と待ち合わせしていたので、約束より1時間早く行き、壁画に足を運んだ。
すると、めずらしく先客がいた。
いつもの自分と同じように通路の反対側に立ち、じっと壁画を見つめている。
学校帰りの高校生らしい。
白いシャツに黒いスラックス。
スニーカーに大きなリュック。
ごく平凡な制服姿だ。
だが、ちらっと見えた容姿は非凡で、とても美しい横顔をしていた。
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