第四章 ターニング・アラウンド

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 家にいるときの父親はいつも不機嫌で、母との(いさか)いも耐えなかった。  ふたりが言い争いを始めると、貴臣は別室に逃げこみ、耳をふさいだ。  聞きたくなかった。  父の決まり文句を。 「貴臣さえ、出来なけりゃ」という言葉を。  幼いころは、文字通り手で耳を覆い、中学生になったころからはヘッドホンをつけ、音楽を大音量で流して、父の声を遮断した。  そうやって、自分の世界に逃げ込むことしか抵抗の(すべ)がなかった。    だから父親に愛情を感じたことはなかった。  同じ画家を志したのも、彼が得られなかった成功を手にして見返してやりたいと思ってのことだった。  父とは違い、貴臣の絵は学生時代から認められた。  そして、父の入れなかった国立の芸大に入り、父の落選した公募展で入選し…… 「そうやって復讐を果たした気になっていた。今は張り合うこと自体がばかばかしいと思うけど」 「ふーん……まだ今も、先生はお父さんと仲が悪いの?」 「悪いも何も、おととし死んだよ」 「えっ?」 「肝臓をやられてね。あたり前だ。昔から酒を浴びるように飲んでたから。病院に呼ばれていったら、すでに息を引き取った後だった」  昴はごくっと喉を鳴らした。
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