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「コンクール、これを描いて出品したい」
春休みになってすぐ、昴は下絵を手にやってきた。
ドアを閉めたとたん、早く見てくれと言わんばかりに、クロッキー帳を開いて貴臣に差し出す。
そこに描かれていたのは、スポットライトのように光を受けて、渋谷の雑踏に佇む貴臣の姿だった。
「初めて会った日の先生。なかなか上手く描けなくて、何度も描き直した」
「うん、構図もいいし。いいんじゃないか」
昴はちょっと不満げに唇を尖らせた。
「感想はそれだけなんだ」
貴臣はクロッキー帳を閉じ、机に置いた。
それから、昴を抱きしめて、言った。
「嬉しいよ……俺のなかでもあの日は特別だし」
昴は満足そうに笑みを浮かべてから、少し首を捻った。
「えっ、それって先生も気づいてたってこと? 俺のこと」
返事の代わりに、貴臣は昴の顔を覗き込む。
貴臣の意図を察して、昴はねだるように眼をきらめかせ、両手を貴臣の背に回す。
こんな表情をされると、貴臣の強固な自制心もあっというまに限界値を超えてしまい、いつになく長く丁寧な口づけを交わす。
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