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「柏樹くん?」
脩はハッと我に返った。
「こんな美人を目の前にして考え事かい?」
「なんなんですか、あなた……なんで僕の名前知ってるんですか」
心細さから脩は胸元を、制服の下のネックレスごとぎゅっと握った。
警戒心丸出しの脩を見て、女性は、ふむ。と腕を組み、そして微笑んだ。
「とりあえず、詳しいことは事務所で」
半ば……いや、肩を担がれてあれよあれよと強引に連れてこられたそこは、寂れた雑居ビルのひと部屋だった。
「あいにく珈琲しかなくてね。 砂糖はないがミルクなら──」
被った帽子を器用にずらすことなく、インスタント珈琲の瓶を棚から取り出す彼女の一挙手一投足から、脩は目が離せなかった。
やっぱり……どう見ても女性、だよな?
脩は自分の肩を摩り、道中のことを思い返していた。
あまり認めたくはないが、いくらひょろくても自分は男だ。大概の女性より少しは力が強いはずなのに、肩を担がれた時──びくともしなかった。岩にはまってしまったのでは、と錯覚するほどの剛力……。それに抵抗する気は起きなかった。そしてあれよあれよのまま、ここに着いたのだ。
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