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こんな夜にはいつも君が
深夜2時18分。全然、眠る気になれない。
ついさっきまで捗っていた作詞の作業は嘘みたいに滞って、次の歌詞が一切浮かんでこなくなってしまった。
こういう時には、一回寝るか、外に散歩に出るか、アニメやドラマや映画を見るかするのがいいのだけれど、睡魔はどこにもいないし寝る気分じゃないし、外に出るのも面倒だし、多分アニメとかを見始めたらそのまま違うの見て違うの見て、ってなっていく気がする。
「……はぁ……」
大きなため息をつくと、胸の詰まった物みたいなのが少しだけ抜けた気がした。
どうしても続きが浮かばない。書きたいのに、書こうとしているのに、全く書けない。
こうなってしまうと、簡単には抜け出せないこともわかっていた。
刻々と過ぎていく時間。この曲が次のアルバムに入るとしても期限はまだまだ随分先で、しかも結局お蔵入りになる可能性だって高くて、今焦る必要なんて全くないのに、ついつい焦ってしまう。
はやる気持ちは、より一層頭の中を乱して、いつの間にか「書かなきゃ」という思い以外何も浮かばなくなっていた。
こんなんじゃ、到底書けない。
仕方ない、もう今日は諦めてアニメを見るか、それかなんなら、同業者の先輩たちに相談しよう。どうせあの人たちはまだ起きているだろうだから。
そう思ってスマホを手に取った途端、スマホが震えた。
タイムリーさに驚いて画面を見ると、表示されている名前にまた驚いた。
「……瀬戸先輩……?」
学生時代から一番仲がいい、今は教師をやっている先輩の名前だった。
珍しい。彼はいつも健康的な生活をしていて、こんな時間にラインを送ってよこすことなんて滅多にないのに。
内容は、こうだった。
「西野、今起きてる?」
「公園行こうよ」
◆◇◆◇◆◇◆
「先輩、何してんの? こんな夜更けに」
「西野が起きてるんだろうと思ったからさ」
……答えにはなっていない。
先輩のラインを見て、とりあえず家着に厚手のパーカーを羽織ってマスクをつけて出ていったら、先輩はもう俺のアパートの前まで来ていた。
普段はコンビニに行った帰りに寄るだけなくせに。
先輩はマスクを顎まで下げていた。
その状態で、手を振って「やっぱり起きてた」って優しくふっと笑うものだから、少しキュンとしてしまったのは不可抗力だと思う。
「公園って、どこ行くの」
「んー、どっか、そこらへんにあるところ」
その会話の後はもう無言だった。
二人とも、話すときは一生話題が尽きないのではないかというぐらいに延々と話しているけれど、話さないときは全くと言っていい程に会話がなくなる。
でもそれが気まずくなくて、ただ落ち着くだけだから、やっぱり先輩とは相性が良いらしい。
「お、ここいいじゃん」
少し歩いて着いた公園には、少し紅葉しかけた葉と、まだ緑の葉が入り混じっていて、とても綺麗だった。
街灯やらなんやらで辺りはけっこう明るくて、まあ住宅街なわけだし星は見えないけれど、夜の公園、ってそれだけで雰囲気がある感じ。
二人でベンチの腰を下ろし、何も話さずただぼんやりとする。
会話がないと、秋の寒い風をちゃんと感じて、でも瀬戸先輩とくっついている身体の右側だけは温かくて、とても心地がよかった。
秋の夜の乾いた、ゆったりしている空気が、心の波を収めてくれた。
「……歌詞、うまくいかなかった?」
先輩は、普段よりも幾分か優しい口調で問いかけてきた。
たぶん、答えはわかっているんだろう。
だって、先輩は全部感じ取っているのだ。俺が辛かったりするとき、いつも、身体の動きや、言葉、口調なんかから、俺の状態を不思議なほど正確に理解してくれるから。
「……うん」
「……自信は、ある?」
「……ちょっと、なくなっちゃったかも」
そう言ったあと、つい笑ってみせると、先輩は急にぎゅっと俺を抱きしめて言った。
「西野はよくやってるよ」
「……」
「今、西野が思ってるよりも、ずっとずっとよくやってる。書かなきゃなんて思わなくていいよ。下手くそで、意味分かんない歌詞なら、俺が聴くから。聴いて笑ってあげる。それで一緒に笑えばいいよ」
「……うん」
「大丈夫だよ。焦らなくていい。きっと、西野はまた俺に、みんなが気に入る素敵な曲を持ってくる。だから、今すぐ書こうとしなくていいんだよ」
先輩の暖かい腕の中で、すごく優しい言葉たちを聞いていると、自然と涙が溢れてきてしまった。
先輩は、それ以上は何も言わず、ただただ俺を腕の中で泣かせてくれた。
髪を梳く手が、何よりも気持ちよかった。
◆◇◆◇◆◇◆
「先輩、ほんとに一緒に寝るつもり?」
まだ目が赤い俺について、とろんとした目の先輩は俺のアパートまで来た。
「当たり前。お前、絶対またパソコンに貼りついて、ああでもないこうでもないってやって結局寝てませんとかするだろ」
「……それは、でも、」
「でもはなし。俺もう本気で眠いの、はいおやすみなさい」
先輩は本当に俺の部屋まで来てベッドに入って、手を広げて俺を待った。
「……わかったよ」
頑固な瀬戸先輩に下手に抵抗してもどうしようもない。
大人しく先輩の腕の中に向かい合わせに収まると、先輩は満足げに俺を優しく抱きしめて、そのまま眠りはじめた。
そうだ、そういえば、こんな、どうしてもうまくいかない夜には、どうやってなのか先輩がいつも察知して、俺を抱きしめに来てくれていたんだった―――…。
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