ある一人の少女の物語

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 屋敷に戻り、母の元へ行けば案の定、社交界デビューの話を切り出される。母の黒髪と焦茶を受け継いだ兄と比較し、雰囲気が真逆になるとはとリュウールは上の空で聞き流していた。はっと反応が遅れ、聞き間違いかと聞き返す。 「お茶会ですか?」 「社交界デビューが嫌なら、お茶会の参加はしてよ。あなたもリュカも揃って内向的なのは誰に似たのかしら」 「でも母さま。私はノエルがいいの」 「仲がいいのはよろしいけれど、駄目よ。爵位を持つ家ではなくては。あなたはリュカよりも出来が悪いのだから、早急に婚姻先を決めなくてはなりません。まったくリュカも女々しさを直せば……」    過去の失敗談を延々と小言をぶつけられ、自業自得も含むだけに居た堪れなくなる。 「でも母さま! ランベール商会と婚姻を結べば、エマニュエル伯爵家にも少なからず益があります。私は真中で長女ですし、ノエルは次男です。問題ないと思います。そもそも、私は王族との関わりを持つ五爵の争いに好き好んで入りたくありません」  声を振り絞って断言した。理由を滞りなく述べたリュウールに、母は眉を顰めて短くため息を吐き、面倒臭そうに手で追い払った。部屋を出ていけ、だ。リュウールは軽くお辞儀をすると、逃げるように退室した。前々から思量した甲斐あって、ひとまず胸を撫で下ろす。 「姉さん」 「リュシアン」  廊下を歩いてると、歳の離れた弟と行き合った。アッシュグレーの短髪と薄墨色の瞳は、記憶の中の父と似通う。ぴょこぴょこ嬉々として飛び跳ねる様子は兎のように無邪気だ。 「結構擦り傷多いわね」 「えへへ、剣のお稽古していたんだ。父さまに似て兄さんよりも筋がいいって褒められたよ!」  純粋無垢な笑顔に胸が痛む。歳の離れた九歳の弟には悪気はない。五年前に父が亡くなり、当時四歳だったリュシアンは人伝で父の評判を知ることしかできない。 「すごいわ、本当に父さまを超えそうね」 「僕が家を護るくらいには強くなってみるよ!」 「……そうね」 「兄さま、お稽古に来ないから先生ばっかりだし。じゃ、母さまに報告しなくちゃ!」  思い起こせば、幼少期から兄は一度も「家を護る」とは公言してない。大きくなったら植物学者になりたいと勉強してたリュカは、今も母に内密で勉強してる。  階段を登り、まだほんの夕陽が射し込む廊下を独り歩く。ふと視線を奥の方に向ければ兄の部屋のドアが少し開いていた。リュカが部屋に戻ってるのかと思い、慎重に隙間から覗くとーー衝撃な光景を目にして立ち止まった。怪しく綺麗で目を奪われる。 「……リュカ」  裸体でノエルがリュカを組み敷き、ベッドで抱き合っていた。ちょうどノエルがリュカの首筋に顔を当てて兄の表情は分からない。あまりの光景に目を奪われていると、リュカが離れた。舌なめずりし、首筋に無骨な手を添える。  ーー先程はなかったはずの、リュカの首筋に咲いた一雫の血を流して。
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