ある一人の少女の物語

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「『あなたがたは知らないのですか。正しくない者は神の国を相続できません。思い違いをしてはいけません。淫らな行いをする者、偶像を拝む者、姦淫をする者、男娼となる者、男色をする者、盗む者、貪欲な者、酒におぼれる者、そしる者、奪い取る者はみな、神の国を相続することができません。あなたがたのうちのある人たちは、以前はそのような者でした。しかし、主イエス・キリストの御名と私たちの神の御霊によって、あなたがたは洗われ、聖なる者とされ、義と認められたのです』」  あれから数日経ち、表面上は何も変化はない。リュウールは内心、気まずくて両隣にいる兄とノエルに相互に視線を移動させるが、二人は気にした風もない。 「『すべてのことが許されている。しかし、すべてが益になるわけではない』といいます。義となる行いを常に意識していきましょう」  ミサも終え、帰路に進もうと玄関でリュカに呼び止められた。若くて次期伯爵としての立場から、年配者の依頼を終えたら家に戻ると言い出した。 「リュカ、力がないんだから無理して受けることはないよ」 「うるせぇな、嫌味か。心配しすぎだ、ノエル。お前ら一緒に帰ってて」 「リュカ」  毎度とはいえ、リュウールが見守る中、リュカは面倒くさそうに離れた。断れない性格なんだから、とノエルが寂しそうに呟く。 「ノエル。あのね、今月兄さまの誕生日なの。一緒にプレゼント選びましょう?」 「そうか、リュカの誕生日。あ、ランベール商会にいい花が入荷したんだ。それ飾ろうよ」 「いい案ね! 兄さま、花が好きだから喜んでくれるわ」  ノエルの破顔は凄まじいほどの破壊力で、あまりの眩しさにリュウールは尊さを感じた。ランベール商会に挨拶し、温室に案内して貰えば高そうな花が四方八方に咲き誇る。 「すごい、植物園とは種類も違うわね」 「商品となる品種を揃えてるからね。どれがいいかな」  二人で選別し、リュカのイメージに合う花を一つ一つ埋めていく。 「こんな話知ってる? 正体不明の伯爵」 「知らないわ。どんな話なの?」 「昔、サンジェルマン伯爵という伯爵がいたんだ。彼は語学に長けてたのはもちろん、錬金術や魔術にも秀でたそうだよ。面白いのが夜会に突如と現れては千年生きてる話をするんだよね」 「へぇ、随分と変わってるわね」 「でしょ…あたっ」  茎で引っ掻いたのか、ノエルの親指の付け根から鮮血が走る。驚いてハンカチを取り出し、リュウールは駆け寄った。 「痛そう、待ってて。水道を借りるわ」 「いいのに」 「土をいじってるんですもの、消毒は大事よ」  冷水でハンカチを濡らし、戻って手当するとノエルの手は傷口が見当たらない。肌が白いから摩った部分が大げさに赤く見えただけ、とノエルが弁解する。気のせいのわけがない、と多少混乱を覚えた時、急に手首を掴まれた。 「ノエル、どうかしたの……あ」  知らずにリュウールも怪我をしていた。真摯な眼差しに狼狽し、声をかけようか躊躇ううちに手首がノエルの顔に触れた。腫れ物を扱うかのように優しく傷口を舐められる。ドキリ、と心臓があの夕陽の日が脳裏に浮かんで高鳴る。 「……吸血鬼なの?」 「違うよ。リュウールも知ってるよね」  太陽の下にいても灰にならない、日中の教会にさえ入り、十字架も平気だった。お伽噺に過ぎないのなら、目の前に 「親は普通の人間だよ。身体が弱かった僕を治した人がいてね。代償に吸血行為が伴うらしくて。まだなにかが足りない気がして……やっと、やっと両方手に入れられる」  最後の言葉はほぼ小さくて呟くようにして、ノエルは手を握りしめた。 「このタイミングで話すのはごめんね。実はね、エマニュエル伯爵家から婚約の話が来たんだ。リュウールを嫁にどうですか?って。親は慌てふためいていたよ」
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