ある一人の少女の物語

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 母に提案した苦肉の策が通った事に驚愕で目を見開く。母が折れるのは嬉しい誤算だ。 「リュウールが嫌なら断ろうと思ってる。もし、君の気持ちが変わらなければ」 「私の気持ちはとうに決まっているわ」  初めて会った日から。 「なにがあっても僕の側にいてくれる?」 「私はどんなノエルになっても一緒にいたいわ。あなたの隣以外には考えられない」 「ありがとう、リュウール。君を一生愛すると誓うよ」  甘美な言葉に耳元で囁かれて、重なる接吻で時間が支配されていく。リュカがノエルの心の中にいようと構わない。  誕生日に選んだ花は嬉々としてもらえ、三人で一ホールのケーキを食べた。  正式に婚約話が決定しても、母は相変わらず素気ない態度で、それも吹き飛ぶくらいに幸せに満たされる。週末前にはノエルが来訪し、共に夜を過ごす日が多くなった。同時期にリュカの塞ぎ込む光景を度々目につくようになった。 「リュカ、顔色が少し悪いよ。ちゃんと眠れてるの?」 「お前らか。成人の儀を知ってるだろ、二十歳のお祝いの。リュウールも婚約者が決まったから、それまでの間に俺も決めろって母さんがうるさい……」 「えっ、兄さまは植物学者になるのでしょう?」 「……まだ母さんには言ってない……」  消え入りそうな声で呟く兄をノエルが肩を寄せて抱き締める。苛立ちを隠さず、リュカは顔を顰めて手で押し退けた。 「今は触るな、イライラする。放って」 「ノエル」 「わかったよ、リュカ。僕はずっと味方だから」  植物園についても尚、ベンチで気落ちするノエルの頬に手を添える。 「兄さまは大丈夫よ、きっと。時間がかかりそうだけれど……」 「そうだね。側にいなければいけないのに、仕事だ……また来るね」 「えぇ、待ってるわ」  「愛してるよ、リュウール」  名残惜しそうにノエルと別れ、リュウールは一人になる時間が増えていく。翌日以降はリュカは植物園に顔を出さなかった。 「っ……まただわ。最近傷の治りが早いわね」    次第に植物園に集まらなくなり、代理でリュウールが世話をするようになった。  時々、不器用に傷を作っては、血が出ても少し経てば塞がった。聞いてみようにもノエルの目はいつもリュカを追い、独りにしないように寄り添う。寂しくはないと言えば嘘になるけれど、今のリュカには必要だと信じて、見守るように距離を取った。 「兄さまに打破できる方法が見つかるかしら……」  一滴の血に滲み染まる花びらのように、日常は少しずつ蝕んでいった。
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