前編
ミスティアは夫のノードレッドと、町外れの小さな家でひっそり暮らしていた。
毎日三食きちんと食べることができ、特別なことは何もないが穏やかな日々。
ノードレッドはいつもきちんと同じ時間に帰宅して、ミスティアを安心させる良い夫だ。
「ただいま戻りました。ミスティア様、ご不便はありませんでしたか?」
ノードレッドが丁寧に帰宅を告げた。
伸びてきた黒髪を切ってやる技量もないミスティアは、ようやく覚えた拙い三つ編みを毎朝夫のために甲斐甲斐しく結っている。それが解けることなくノードレッドの肩に下がっているのを見て安心した。
「お帰りなさいノードレッド。何も変わりないわ。これから夕食の支度をするわね」
「では私も一緒に」
ミスティアは料理が下手だ。それどころか家事一つまともにできなかった。そんな彼女に料理や洗濯のコツを教えたのはノードレッドだった。
温室で育ったようなお嬢様のミスティアは幼い頃から仲の良かった使用人の息子、ノードレッドと恋仲になったが両親に認めてもらえず、駆け落ちするように家を出て、名もなき小さな町で二人は結婚した。
ミスティアが世間知らずでどれほど無知であろうと、ノードレッドは彼女を叱ることはない。
不自由のない生活を彼女に提供し、穏やかな日々を約束した。彼女が求めるものは全て与えたいと、先回りして用意した。
ミスティアが成長しないのはノードレッドが招いたことでもある。
「あなたが過保護だから私は料理が上手くならないのかもしれないわ」
「そんなことはありませんよ」
焼いた肉を切って取り分け、ミスティアの前に皿を置いたノードレッドはふっと柔らかく笑う。その笑みには、ノードレッドがこれからも変わらずミスティアに世話を焼くのだという意思が感じられた。
この食卓にはミスティアが食べたいと言えばその料理が魔法のように出てくる。よく食べていたシェフの味、香り、彩り、全てが再現された数々の料理。
ノードレッドはミスティアの求めるものを何でも用意できる完璧な夫だった。
少しだけドレスが恋しくなった時は、町中で浮かない程度の上品なワンピースを用意してくれて、よく実家で食べていたケーキが食べたいと言えば、同じ味のケーキが出てくる。
寂しいと言えばノードレッドはどこへも行かず、ずっとミスティアのそばにいた。
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