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雅は座り込んでいる女性に向き直った。
綺麗な顔立ちだ。白いブラウスとスカートは少し古くさく感じられるが、それがかえって彼女の清楚さや美しさを際立たせている。
どうしてなのか、これだけの騒動があったのにさっきから表情は変わらない。というより、何かを見たり考えたりする余裕がない、といった感じだ。
「大丈夫ですか?」
女性の肩に手を添え声をかけた。
少しだけ視線を向けてくる。しかし、その大きくてきれいな瞳はどこを見ているのかわからない。雅の顔より向こうの虚空に焦点が行っているようにさえ思える。
「とりあえず、交番まで行きましょう」
雅が優しく彼女の腕を取り、引き上げた。意外にもすーっと立ち上がる。人形が動かされているかのようだった。
「何かあったんですか?」
ゆっくりと歩きながら質問するが、応えは返ってこない。
「もう大丈夫だから、安心してくださいね」
そう声をかけると、彼女はそっと雅の腕にしがみつくようにした。雅はその顔をのぞき込む。
あれ?
不思議な感覚がした。この女性と、どこかで会ったことがある?
何か遠い記憶の中に、彼女が潜むように隠れている気がした。妙な感覚だ。
「あの、良かったら名前、教えてくれませんか? 私は雅。美樹本雅、っていいます」
無言、無表情、反応なし……。ただ引かれるままについてくる。
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