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 交番がすぐ近くまで来た頃だった。  「さ……ち……」  女性が微かな声でそう言った。  「え? なんて?」  慌てて聞き返す雅。  「さ、ち……」  「さち、さん? さちっていうお名前なんですね?」  女性は雅の腕にしがみつきながら、ゆっくりと頷く。  どんな字なんだろう? 佐知、紗知、早智、幸……。どれだとしても、覚えがないなぁ。  過去の友人達を思い浮かべても、そのような名前の者はいなかった。やはりさっきのは気のせいだろうか?  交番に着くと、顔見知りの警官がいた。地域課にいた頃お世話になった、若林という40代の男性だ。  「おや、雅ちゃん、どうした?」  彼は勤務中でもちゃんづけで呼んでくる。しかしそれは嫌ではない。下に見ているつもりはなく、親しみが込められているのがわかるからだ。  「実は……」と雅は状況を説明した。  「そうか。とりあえずお茶でも飲んで休もうか」  そう言って、若林はさちを促しイスに座らせた。そのへんは慣れたもので、強要するわけではなく自然と流れにもって行く。  安心して見ていられるな、と雅は感じた。自分も一緒にさちの話を聞こうと思ったのだが……。  スマホが震えた。モニターを見ると捜査一係長の伊田修からだ。  すみません、と若林とさちに頭を下げ、電話に出る。
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