序章

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 20年前――。  山間にある村に夜が訪れるのは早い。  そして森林の奥に続く闇はどこまでも暗く、この世の何物をも呑み込んでしまうのではないかと思われるほど、忌まわしく感じられる。  彼は今、古くさい縄が何本も張られた場所に立っていた。その縄には、あちこちに意味のわからない文字の書かれた紙がつけられている。  縄の向こうは立ち入りを禁じられた森だ。古来より、人が足を踏み入れてはならない、と言われているらしい。  今年8歳になった彼は、両親と四つ下の妹とともに、休みを利用してこの村に来ていた。両親にとっては故郷なのだ。  小さな村だった。人は減り続け、もう数年もすれば廃村になるらしい。  その後、この森はどうなるんだろう?  祖父によれば、何百年も禁足地となっているという。  数日前、大きめの地震があった時、村人達は慌てていた。子供の彼にも緊張感が伝わってきた。この森の奥に何かがあって、それに影響しないか心配していたように感じられた。  そのくらいで不安になるなら、こんなに恐そうな村に住まないで、みんなもっと都会に来ればいいのに……。  いつもそんなふうに思っていた。彼が住む横浜は、夜でも明るいし、遊ぶところもたくさんあるし、欲しい物は何でも買える。どうして両親は、休みになるとここに帰ってくるんだろう? こんな不便で、不気味で、恐い村に……。  しかし、妹は彼とは違うようだった。  彼女は街中にいても、自然の多いところを好んだ。小さな生き物が大好きだからだ。それがたとえ毒を持つ虫でも、ヘビでも、蛙でも……。  今も、闇にまったく臆することなくそこら中を駆けまわり、ついに彼が止めるのを聞かずに禁足の森へ入り込んでしまった。  じいちゃんに怒られるぞ……。  それが気がかりだった。たぶん自分も叱られる。なんで止めなかったんだ、と。
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