序章

3/7
前へ
/215ページ
次へ
 しばらくすると、がさごそと音がして森の闇が少し揺れた。そして、縄を潜って小さな体が飛び出してくる。  妹だ。顔を上げると、何か良いことでもあったのか目がキラキラしていた。  「ダメじゃないか、こっから先に行っちゃ!」  彼が強く言ったが、妹はへへっと笑うだけで悪びれたところがない。  「まったく……」彼は怒るのをやめた。それより、早くここから離れたい。「急いで帰ろう。怒られるぞ」  促して歩き出そうとするものの、いつもなら手をつなごうとする妹が、動かない。  「どうしたんだよ? 行くぞ」  更に促すと、妹は後ろにまわしていた手を前に差し出してきた。  「こんなのがいたんだよ」  嬉しそうに言う妹。その手に、何か白い塊があった。彼女の掌より大きいのではみ出している。もぞもぞと動いていた。  「な、なんだそれ? 気持ち悪い」  「ええ? かわいいじゃん。ふにふにして柔らかいんだよ」  触ってみれば、とでもいうように目の前に持ってきたが、彼は顔を顰めて体を引く。  妹が手の上に乗せているのは、大人の拳くらいで、白くてブヨブヨした物だった。カブトムシの幼虫を膨らませたような感じだ。  「捨てろよ、そんなの」  「やだ。育てる。横浜のおうちにも持って行く。しろちゃん、って呼ぼうかな?」  やれやれ、と彼は首を振った。妹は最近、妙なことをする。ダンゴムシをたくさん箱に入れてかわいがったり、蝉の抜け殻を集めてみたり……。  母に怒られて捨てはしていたが、それでも何度も同じようなことをする。  保育園の先生の話では、小さな子供がよくやることらしいが、彼にはそんな覚えはなかった。  まあいいや……。  溜息をつき、彼は歩き出した。どうせ、母に怒られて捨てることになるだろう。  妹は、その何かわからない白い生き物を眺めながらついてきた。
/215ページ

最初のコメントを投稿しよう!

202人が本棚に入れています
本棚に追加