序章

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 そんな……。  妹が家を飛び出してから丸一日。それだけで、確かに世界は変わってしまった。  彼は呆然としながら夜の村を歩いていた。  あちこちから村人達の悲鳴が聞こえる。  祖父も、父も、母も、どこに行ったのかわからない。  そして妹も、ずっと姿が見えない。  彷徨うように夜道をフラフラとしていると、道端に男の人が倒れていた。月の光で血まみれなのがわかる。  息を呑んで立ち止まった。  男性はまだ生きている。苦しげな呻き声をあげながら、僅かに顔を上げて彼を見た。  「に、逃げ……ろ。ここから……逃げろ……」  男性が小さく震える声で言った。  え?  彼は男性を見下ろしながら立ちすくむ。  1人で? どうやって? どこへ?  様々な疑問が浮かぶが、口にすることはできなかった。  「早く……しないと、厭魅……絡繰が……」  最後の力を振り絞るようにそう言うと、男性はばったりと倒れ込んで動かなくなった。  愕然として男性の遺骸を見ていると、その向こうの闇から何かが近づいてくるような気配がした。  ずり、ずり、ずり、ずり……。  がさ、ごそ、がさ、ごそ……。  ずずっ、ずずっ、ずずっ……。  奇妙な音が小さく響き、そして、闇の合間から浮かび上がってくるかのように、その姿が見えた。
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