序章

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 人がいる。1人、2人、3人……徐々に増えてくる。  人だ、確かに人……。いや、あれは……。  手も足もある、顔もある。そこには目も口も鼻もある。みんなちゃんと人の形をしている。でも……。  何かが違った。  皆、動きが変だった。ある者は片足を引きずるように。またある者は前屈みになり長く垂らした両手が地面につくように。そしてある者は、這いずって……。  まるで、人の形をした虫や爬虫類が進んでくるようだ。  彼は竦みあがってしまった。心は逃げろと叫んでいる。しかし、足が動かない。  更に奇妙なことに気づいた。  それぞれ人の形をしているが、体がアンバランスなのだ。  同じ人体で両手の長さや太さが違う。目の大きさや形が左右で違う。足の長さも違うから歩き方が変な者もいた。  それは、一度バラバラにした体のパーツをランダムに組み合わせた、でき損ないの人形のようだった。  それら人であって人ではない何か――人型とでもいうのだろうか――が、彼に迫ってくる。  さすがに恐怖に押され、彼は後退る。  一番近づいてきた人型が大きく口を開けた。そこからチョロチョロと長い舌が飛び出してくる。あれは、蛇の舌だ。  その隣の人型の右腕が大きく膨らんだ。そして皮膚がはじけ飛び、中から黒いものが飛び出してくる。ギザギザで先が鋭い。あれはどこかで見たことがある。そうだ、蜚蠊(ごきぶり)の前足だ。  這いずっていた人型の背中が大きく膨らみ破れた。その下に見えるのは黒光りした新たな背中。あれは、百足の胴節だ。  「うっ、うわぁぁぁっ!」  彼は叫び声をあげた。それによって体を縛っていた恐怖の鎖が断ち切られたかのようだった。必死に走り、逃げる。  これが、村の最後の日となった――。
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