1 オカネアルジャンチェントンヂェーニギディネロマネーゲルトホシイオクレ解禁

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1 オカネアルジャンチェントンヂェーニギディネロマネーゲルトホシイオクレ解禁

 オカネアルジャンチェントンヂェーニギディネロマネーゲルトは世界に承認されたまっとうな国家である。表向きは。  火山灰に濁る絶海の孤島に出入りする各国要人は今夜も夥しい。最高の保養地兼社交場かつ合法犯罪天国のオカネアルジャンチェントンヂェーニギディネロマネーゲルトで国王の即位を祝し,惚れ薬が解禁された!  他国では副作用が極めて大きいとしてかたく使用の禁じられている媚薬である。我が国の土壌深く埋まる昆虫や小動物や人間の死骸の混交する集積物を粉末状にしたもので「オカネアルジャンチェントンヂェーニギディネロマネーゲルトホシイオクレ」と呼称されている。意中の人に薬を飲ませながら「オカネアルジャンチェントンヂェーニギディネロマネーゲルトホシイオクレ……オクレホシイ」と唱えればたちどころに願いが叶う。効能は絶大で外れることはない。しかも自分が嫌われていればいるほどに服用後には逆行する恋慕の情を相手から得られるのである。 「ただお高いですわ。もう少し,どうにかなりませんこと」隣国首相の秘書官ツルカメスベッタは相かわらず不機嫌そうに言った。いっそ外方を向いてしまいたいけれど任務上それもできず致し方ない,はぁ――といった具合に顔の横様だけを見せて忌々しげに両腕を組んでいる。  ツルカメスベッタは私のことを心底嫌悪している。しかしかの媚薬を秘密裏に入手せよと首相から命じられ,我が国へ派遣された。そうなるよう仕向けたのは私である。商談相手にツルカメスベッタを寄越すならば媚薬オカネアルジャンチェントンヂェーニギディネロマネーゲルトホシイオクレを格安で融通してもよいと首相に告げたのである。 「まあまあ仕事の話はゆっくりゆっくりとね。夜はまだまだはじまったばかりなのですから……」ウインクをしてグラスをさしだす。  まあ何て気味悪い,汚らわしいったらありゃしないとでも言わんばかりの表情でツルカメスベッタは身を仰けぞらせたが,喉をついて溢れそうになる言葉を立場上ぐっと押しとどめている様子である。  そう,今の私はツルカメスベッタより優越的位置にある。数週間前の彼女ならば平然とこう罵倒したに相違ない。身の程を知るがいい,下層民のチビ男!  どうせ――。私は貧民窟の出身である。親の顔とて知らない。教育はおろか食料も儘ならず餓死寸前の状態で何日も凌ぎ,蛙や蛇が捕獲できたときには感涙にむせび生食した。野良犬同然の生活を送ってきた孤児が立派な体格に成長できるはずもない。  私は一目見るなり恋に落ちただけである。しかし彼女はそれを罪悪であると非難する。下層社会の最底辺で何も所有せず短躯に育った男が,上流社会の頂点で全てを所有して華麗に生きる長身美女に思いを寄せたとき,無闇矢鱈と侮蔑に処せられる正当な理由があろうか!  一念発起した。幼少期に常食した土に妙なる成分の含有されることを体得していた私は媚薬を開発し,財を築き,地位と学歴も得た。そして3週間前クーデターを起こし国名を改めオカネアルジャンチェントンヂェーニギディネロマネーゲルトの初代国王の座についた。もはや何処を切りとってもツルカメスベッタに相応しい人間となったのである。 「まあまあそう恐い顔をなさらず……何か召しあがりなさい」  女は用心し,媚薬を盛った料理や酒を一切口にしていなかった。 「まあまあそれならばダンスを御一緒に,さあ」  ヒッと声を発し席を立った女の行く手を素早く遮る。指を鳴らし合図をすれば,照明がピンクやパープルに切りかわり,悩ましげな混声の歌が流れる。  待ちきれず女の周囲をぐるぐる回った。次第にその表情と全身が弛緩していく。両の腕がだらりと垂れ脱力した体が崩れたとき,背後から抱きとめて耳もとで囁きかける。オカネアルジャンチェントンヂェーニギディネロマネーゲルトホシイオクレ……オクレホシイ。 「オカネオクレホシイ博士……」女が後方へ顔をむけ恍惚境にいった目を注ぎかける。「いえ,もうオカネオクレホシイ国王でしたわね」   室内に充満する媚薬の微粒子に女は完全にいかれていた――
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