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重苦しいホリデーシーズン(私以外)
12月25日以降、シェアハウスの空気がガラリと変わった。
必ず1日1回は、お嬢様の泣き声と、言い争いの声が下に降ってくるようになった。
と言っても、お嬢様の叫び声がほとんどだったわけだが。
ここまで来れば、どんなににぶい人間でも流石に気づいてしまう。
(バレたんだな、トム。愛子さんとのこと)
証拠として加えていいかは定かではないのだが、お嬢様とトムが2人で部屋にいる時は、ほぼ確実に聞こえていたセックスの物音は、やはり全く聞こえてこない。
わざわざ韓国まで行き、ダイヤの指輪を渡した相手が一つ屋根の下にいると言うのに。
しかもあの、1ヶ月だけ一緒に暮らした私の友人には、セクハラギリギリのトークをするくらいには、性的なことが好きなトム。だから元カノが2桁いるし、その内の1人とは子供を設けているのだ。
(そんな人間が、セックスしないだなんて……)
この頃の私は、自分の経験がないにも関わらず周囲から与えられる刺激的な情報により、心だけは無駄に熟してしまっていた。
1年前であれば、顔を真っ赤にしながら妄想をしたであろうこの手の話も、この時には真顔かつ「明日のご飯は何にしようかしら」と同じテンションで考えられるようになっていた。
もはや
「彼氏!どうやったらできるの!?」
と焦っていたかつての私は、カナダの雪の中に溶けていったのだ。
そんな状況なので、物音が聞こえる度に
(あー……また始まったな…………)
と心の中で考えるだけで、あとはマイペースに残りのトロント生活を楽しむことに私は決めていた。
現地でできた友人と旅行の計画を立てたり、冬のトロントを満喫するために歩き回ったり。
自分たちのケツは自分たちで拭いてくれるよな、と、私はまだシェアハウスメイト達を信用していた。
ただ、もし虫の知らせというものが存在しているというのなら。
もしかしたら「これ」だったのかも、というものは確かにあった。
アメリカに婚約者と旅行をしているはずの愛子さんから、何1つ連絡が来ないことに胸騒ぎを覚えていたのだ。
それが、1月1日のこと。
友人と楽しく年越しをした直後だった。
まさか、これが次の日のためのフラグになることを、カナダで覚えた海外のビールの味を楽しみまくってた私はまだ気づいていなかった。
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