重すぎる腰をようやく上げた私

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重すぎる腰をようやく上げた私

 愛子さんとのメールのやり取りから、ほんの数日後のこと。  間もなく帰国が近づいていることもあり、語学学校での勉強も追い込みをかけなくてはいけない時期だった。  勉強机代わりに使わせてもらってたダイニングルームのテーブルで、この日もいそいそと課題をしていた。  だが、集中しようと思ってもできるはずない。 (また、喧嘩している……)  最初は、1回目、2回目と人様の喧嘩をカウントしていた私。  それが片手が埋まり、両手も埋まったタイミングで数を数えるのをやめたので、実際何回目の喧嘩になるかは分からない。 (さて、どうするか)  トムには、一応愛子さんと連絡がついたことは話してはあった。  繋いでくれたお礼をしたついでに。  その時、トムが心の底から安心した顔をしてくれたのは、嬉しかった。  ただ、そんなことで私が動こうと思ったわけではない。  もうこれ以上、お嬢様の激しい泣き声を聞くのが、身体的にも精神的にも耐えられないフェーズまできていただけだ。 「どうしたの?」  私は、重すぎる腰をようやく上げてから、二人がいる上の階に行き、そして尋ねた。もちろん英語で。  この時は、二人はソファに座っていたが、距離は私が知っている二人よりずっと広かった。  この状態を見て、かつ二人の元々の関係性を知っている私が「どうしたの」と聞くなんて、わざとらしいにも程があるが、お嬢様のためにも私は何も知らないシェアメイトでいることに徹することにした。 「私は、トムと結婚するために韓国で頑張ったのに。朝から晩まで働き続けたのに」  お嬢様は泣きながら言った。  ちなみに私がなぜ「お嬢様」と彼女のことを呼んでいるかというと、彼女が本当に、韓国の良い家柄のお嬢様であるからだ。  そんな人間が、男のために苦労をしてまで戻ってきたら、その男は別の女を好きになっていた。  これは、彼氏が欲しいという理由でカナダに来たにもかかわらずできなかった私でも、想像しただけで地獄だと思った。 「私の苦労は一体何だったの?」  私がいる手前、泣き叫ぶことはしなかったが、ぼそりとつぶやいたこの言葉には、同意しかない。  そんなお嬢様の言葉に対して、トムはこう言った。 「愛子と一緒にいると落ち着く。愛子は自分の全てを認めてくれる」
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