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10年後の約束
その日からすぐ、トムの部屋からお嬢様は出ていった。
といっても、同じシェアハウスにはまだいる。
新しい家が見つかったら出ていくのだと、教えてくれた。
トムとは、この日以降あまり話す機会はなかった。
愛子さんがいなければ、私がいる地下エリアにくる理由がないのだから。
私はといえば、それから風邪で寝込んだり、試験でボロボロの点数を取ったりと、最後の最後で踏んだり蹴ったりな状態になっていた。
さらに、帰国直前の1週間は、現地でできた留学生仲間と一緒に東カナダを巡る旅行をしていたので、余計にトムともお嬢様とも接点を持つことができなかった。
唯一話ができたのは、経つ前日。
オーナーと最後のご飯を一緒に食べている時に、トムとお嬢様が話しかけてくれた。
ありがとうもごめんねも特になかったけれど、和やかに会話ができた。
私も、勝手に背負っていた心の荷を、この時になってようやく下ろすことができた。
まだ、愛子さんはトロントに戻って来れていない。
でも、いつか戻るために婚約者との話し合いを日本で頑張っているのだと、メールで教えてくれた。
(収まるべきところに収まりそうだ。よしよし)
そんなことを考えながら、トロントで食べる最後の家庭料理を頬張っている時に、ふと気づいてしまった。
(………………私は?)
彼氏が欲しくてトロントに行ったのに、結局自分以外がやらかしてくれた恋愛のドロドロに巻き込まれただけだった。
そんなことを、愛子さんへトロントから送る最後のメールでぼやいたら、こんな言葉をいただいた。
「いつか、小説で使ってくれていいよ」
愛子さんは私が小説家志望であることを知っていたから。
こんな昼ドラみたいなネタを使わせてもらえるなんて、ネタとしては美味しいだろうとは思ったものの、殺害予告まで送られた出来事でもあるのだ。
下手にすぐ書いてしまって、万が一犠牲者が出たらどうしようと、私はビビった。
だから、勝手に愛子さんに宣言した。
「誰もこの出来事を覚えていない10年後くらいに書きますわ」
これが、10年後の2023年1月に、このエッセイを書いた理由だ。
小説よりも生々しいくらいがちょうどいいと思ったのは、ただの腹いせ、なのかもしれない。
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