奇跡の共助

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 僕の彼女はお世辞にも可愛いとは言えない。当然、街中を一緒に歩いていても自慢には思えない。寧ろ気恥ずかしいと言っても良いくらいだが、自分もイケてる口ではないので贅沢は言えない。とは言え、こんな女に甘んじていて良いのだろうかと思わなくもないが、元々女好きなので或る晩も僕はカップルのデートスポットである公園に彼女と赴き、ベンチに座ってお喋りを楽しんでいた。  すると、男が二人して近づいて来た。どちらも見るからに冷やかす気ありありで柄の悪そうな同世代の奴だった。 「ハッハッハ!ハッハッハ!」と二人は僕らの前に来るなりいきなり馬鹿笑いをし、「お前、こんなブスと何してんだ!」と片割れが然も可笑しそうにがなって来た。  冷やかすどころの騒ぎではなかった。しかし、僕は頭に来るより恥ずかしい気持ちが勝り、何て言い返せば良いか分からなくなった。 「ハッハッハ!びびって何にも言えねえんでやんの」 「面白れぇ顔が強張ると更に面白くなって受けるんだけど!」 「ハッハッハ!」 「ハッハッハ!」  二人は派手に笑い合うと、満足したらしく猶も笑いながら去って行った。  彼女は泣きべそをかきながら僕に怒鳴った。 「自分の彼女が貶されて而も笑われてるのに何にも言い返せないなんてサイテー!」  僕は確かにと納得するより仕方ないよと言いたい気持ちが勝ったが、幾らなんでも言えるはずがなく彼女にも答えられなかった。  すると、彼女はカンカンになって蹶然と立ち上がったかと思うと、「別れてやる!」と泣き叫ぶや、すたすたと去って行った。  これと言った取り柄がない上、見てくれ以外では気が短いという欠点が彼女の特徴だった。  僕は力なく後を追って許しを乞うたが、必死さが足りなかったからか、彼女の決心は揺らがなかった。  僕は茫然と立ち尽くし、彼女を目送しながら彼女を失ったショックより二人の悪行に対する憎悪が強くなって行った。自分で言うのも何だが、人一倍正義感の強い僕は、悪行を働く臭った根性が許せなくなったのだ。    僕は安部元首相を銃撃した山上容疑者に倣って材料を買い集め、手製の銃を造った。あの二人を極刑に処す為だ。少々罪が重すぎるようだが、そうしなければ気が収まらない位、屈辱と侮辱を甞めさせた失礼極まりない二人に対する憎悪が全身全霊を駆り立てたのだ。  僕は毎晩のように銃をショルダーバックに忍ばせ、二人が出没するであろうあの公園に行って二人を殺害する機会を窺った。そして或る晩、遂にその機会が訪れた。  僕は虫の知らせで二人が来ることを予期して或るカップルが座るベンチ近くの公衆トイレの物陰に隠れていた。  カップルは大分、話しこんでいたが、やがて男だけが立ち上がると、そこを去ってしまった。どうやら別れ話を告げたらしい。女はがっくりと項垂れ、しくしくと泣き続ける。秋風に戦ぐ紅葉がセンチに見守っているようだ。丁度そこへ通りかかった例の二人組が女に近づいて来るのを僕は目撃したのだった。 「おう、どうしたんだ、ねえちゃん」 「ふられたのかい?」 「こんなナイスな感じなのになあ」 「よし、このままじゃ宝の持ち腐れだ。俺たちが可愛がってやるぜ」 「へへへ、それがいいってか」 「な、何するの!やめて!」と女が悲鳴を上げた所で、「お、おい!そこの二人!」と僕は叫ぶと、ここぞとばかり物陰から出て銃を構えた。「お前ら、女から離れろ!さもないと撃つぞ!」 「お、お前はいつかの!」 「そうだ!」 「何だ!それは!」 「だから銃だって!」 「それが銃だと!ハッハッハ!アホ抜かせ!」と言って女から手を離し、撃てるものなら撃ってみろと言わんばかりにこっちに体を向けた片割れに向かって僕は今だと言わんばかりにぶっ放した。  その瞬間、「ズドン!」と物凄い銃声が轟くや、片割れの頭が吹っ飛んだ。その途端、「ぎえー!」とこれまた物凄い悲鳴を上げて逃げようとしたもう一方にもぶっ放すと、弾は見事に心臓を貫き、胸に文字通り風穴を開け、そっちも即死した。遣り遂げた刹那、虫けらを殺したくらいにしか実感できなかったが、社会の不正の一つを解消したような気がして胸の空く思いがした。  それにつけても臭い物が一杯詰まったアベノボックスの蓋を開くきっかけとなる引き金を引いた山上容疑者の勇気と怨念が乗り移ったような小型バズーカ砲並みの威力。そして山上容疑者の精度の高さが乗り移ったような僕の腕前。一つの脳味噌と一つの心臓が血塗れに粉々にぐっちゃぐちゃに砕けて飛び散り落花狼藉し、紅葉の落ち葉と相俟って生々しい血色に染まったペーブメント。女は恐怖と驚愕が入り混じったような表情を僕に向ける。何もかも神がかっているし、奇跡的だった。と言うのは外灯に照らされた彼女の容貌も信じられない程、秀逸なのだ。  僕は人がやって来るのを恐れたものの彼女を放ってはおけなくなり、彼女に急いで駆け寄った。 「怖がることはない。僕は君を助けたいだけなんだ」 「確かに助かったわ」 「僕も助かりたい。さあ、僕の手を取って僕と逃げるんだ!」と僕が手を差し出すと、彼女は即刻、怖ろしい現場から立ち去りたい願望と僕の恩を感じた上で僕の焦燥感を察したらしく救いの手を差し伸べるように僕の手を掴んだ。  なんと素直なことか、僕はこれも奇跡だと感じ入りながら彼女諸共雲を霞とその場から立ち去った。  タンレザーのロングブーツを履いた素敵な脚を素直且つ俊敏に動かし、僕の行きたい方へ走ってくれる彼女の胸が常にゆさゆさ揺れているのが分かった。相当な代物に違いない。僕は逃走しているのに寧ろ嬉しくなって体が浮き立つように彼女と走りに走り、これも奇跡と言うべきか、夜更けということもあり幸いにして人と擦れ違うことはなかった。  僕はラーメン屋に彼女を連れ込み、その勢いで立ち入った話をした。それによると、矢張りあの時、男に別れ話を突き付けられたそうだ。何でも男は出世の為、次期役員と呼び声高い上司の娘との結婚を選んだ模様で、私は端から遊ばれてたのと彼女は大いに口惜しがり慨嘆した。  僕は君を捨てるなんてそいつは糞だとはっきり言ってやり、僕があの二人に対する恨み節を吐くと、糞は死ぬに限るわと彼女はきっぱり言った。実にイッツクールな感じ。未だ曾て出会ったことがない女に巡り合えた僥倖に痺れた僕もイケてる男に生まれ変わった気がした。  斯くして意気投合した僕らは、お酒も注文して献酬し、ほろ酔い気分も手伝ってすっかり打ち解けたところで、鶏口となるも牛後となるなかれで僕は君の元カレと違って小さいけど求人会社の社長なんだと言うと、私、幇助罪になっても構わないなんて言ったりなんかして僕に乗り気になった彼女とLINEのID交換に成功した。  その晩はお互い終電で自宅に帰ったが、早速LINEでデートの約束をしたので当日、街中を彼女と手を繋いで歩く僕の鼻高々な事といったらなかった。何しろ誰もが振り向き顧みる美人だし、胸がぺったんこの元カノと違って胸が僕の膨らんだ期待感のように大きい訳だから、それを想像するだけでも尋常でなく色めき立ち、そのデートする喜びたるや元カノとするのとでは無論、同日の論ではないのであった。  
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