ちゃんさま。

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 *** 「お父さん、稔が“わすれもの”を見たみたいなの」  家に到着するなり、荷物の整理もそこそこにお母さんはお祖父ちゃんにそう言った。お祖父ちゃんはそんなお母さんと僕を見て、そうか、とちょっと難しい顔で頷く。  そして、手洗いとうがいが終わったところで僕とお父さんとお母さんを居間に呼んで(ちなみにおじいちゃんの家は立派な日本家屋だ。木造で二階建ての平屋と言い換えてもいい。昔は何度もかくれんぼやおにごっこをして遊ばせて貰っていた)、話をしたのである。 「稔。お前、何をどこで見たんだ?」 「え?えっと……真っ赤なルビーみたいなやつ。すっげーでけえの。道の真ん中に落ちてた」 「どの場所かわかるか?」 「えっと、バスを降りてからの真っ直ぐな道だから、このへんかなあ」  お祖父ちゃんは何故か地図を出してきて、ルビーが落ちていた場所を正確に知りたがった。僕が言われるがまま、大体の位置を指さす。するとお祖父ちゃんは頷いて、地図の上に油性ペンで赤いバッテンを書いた。油性ペンだと消えないけどいいのかな、なんてことを僕は思っていた。 「多分だが、お父さんとお母さんに見えなかったなら……それは“ちゃんさまのわすれもの”だと思って間違いないと思う」  お祖父ちゃんは、真剣な顔で僕にそう言った。 「この土地には昔から“ちゃんさま”という神様がいると言われている。どんな神様なのかは誰も知らない。特に神社で祀ってるわけでもないから、そもそも神様ではなくて妖怪だとか悪霊だとか精霊だとか悪魔だとか、そういう存在なのかもしれない。ただ、そういう人あらざる者がいるという話だけは伝わってるんだ」 「う、うん」 「その神様……とりあえず神様としておこう。その神様は、普段は特に何も悪さをしたりはしない。ただ一つだけ、ものすごく怒ることがある。それは、自分のものを取られることだ」 「そりゃ、自分のものを盗まれたら誰でも怒ると思うけど……」  僕だって察しが悪いわけではない。おおよそ想像はつく。  恐らくあの赤い宝石が、ちゃんさま、とやらの持ち物なんだろうということくらいは。 「困ったことに、ちゃんさまはとてもおっちょこちょいなんだそうだ。だから、自分が遊んだ場所に、しょっちゅう忘れ物をしていってしまう。そして、後で忘れ物を取りに行く。で、他の誰かに取られていたら物凄く怒るんだ。ちゃんさまにとっては“落とし物”ではなく“忘れ物”だからだな」  つまり、とお祖父ちゃんはぐっと僕に顔を近づけて言ったのだった。 「ちゃんさまのわすれもの、は絶対に触ってはいけないし拾うなんて言語道断だということだ。拾ったら最後、ちゃんさまの怒りを買って祟りを受けることになると言われている。この町では、それで死んだ人間もいると言われている。……ちゃんさまのわすれもの、がどんな姿をしているかは人によりけりだが、場合によっては動物の姿に見えることもあるらしい。お前は宝石だったというから、まだわかりやすいな。共通点は、道の真ん中に不自然に落ちていること、だけだそうだ」 「確かに、あんなところに宝石が落ちてるなんて変だもんね」 「そうだ。そして、ちゃんさまと波長が合う人間にしか忘れ物は見えない。……いいか、稔。多分、町にいる間何度も忘れ物をお前は見つけることになるとは思う。ただし、絶対に拾うな。そして、忘れ物を見つけたら、どの場所で見つけたか正確にメモしておけ。スマホは持ってるだろ?」 「わ、分かった。そうする」  よくわからないが、ヤバいものなのは間違いないらしい。実際、お父さんに見えてなかったのは確かなことだ。僕はびびりながらも頷いたのだった。  夏休み、楽しい楽しい田舎に遊びに来ただけなのである。よくわからない神様に呪われて酷い目に遭うなんて冗談じゃないのだから。
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