天国よりも大切なもの

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天国よりも大切なもの

 神様が、簡単に地上に降りてはいけない。最大の理由は、神様の力が人間と比べてあまりにも強大であるからである。  神様には、人間にはできないような多くの魔法が使える。  空を飛べない人に翼を生やすこともできるし、食べ物を増やすこともできる。水がない乾いた大地に雨を降らすことも、森の木を育てることも、逆に焼き尽くすことも思いのままだ。選ばれた人間を天使にして、天国に連れ帰ることだってできてしまう。  つまり、神様がそこに存在するだけで影響力が強すぎるのだ。  神様にお願いすれば、大抵の望みは叶う。神様に出来ないことなど、ニンゲンと比べれば数えるほどしかないのだから。間違いなく、欲に塗れた人間が集まってきて大変なことになってしまう。悲しいかな、神様にできない数少ないことの一つが“人の心を変えること”であるからだ。  ゆえに、神様が地上に降りることは禁止されている。主神が許可した、ごくごく限られた日の、限られたタイミングを除けば。 ――と、言ってもねえ。  その主神、アンタレスの娘。今年十五歳になる見習いの神様であるコルンは。天国で、ふあああ、と大きくあくびをしたのだった。  天国は、雲の上に存在している。雲を塗り固め、その上に土のシーツを敷き、草木を植えて作られているのだ。そして地上で命を落とした魂が死んで神様の審判を受け、清らかな心を持つと認定された者だけが天国への居住を許されるシステムである。  天国に住むことになった者は、一定の期間を得てまた地上に転生するか、さらに長い期間を天国で住むかを自由に選ぶことができる。ニンゲンだった時の記憶を忘れたくない者や、ニンゲンだった時にとても辛い思いをした者ほど天国への永住を強く望むものだ。コルンの仕事はそんな人間達や動物たちのエリアを見回り、問題があったら父神に報告するという、たったそれだけの退屈なものなのだった。  しかも、見回りをするといっても細かいところを見るのは自分の仕事ではない。下働きの天使たちがたくさんいるので、基本的には彼等が全てやってくれて、報告を上げてくれることになっている。自分がやることは、たまーに己で担当エリアを見て回るか、彼等の報告を精査してまずいところがあるかどうかのチェックして、上に伝えるかを判断することだけなのだった。  ようするに、暇なのである。  清らかな魂ばかりが集まった天国、その中でもさらに生ぬるいエリアしか担当しないコルン。問題なんて、そうそう起こるはずもない。 ――マティとかロゼルは、地上は地獄のような場所だとか欲深い人間ばっかりがいて大変だったとか言うけど。でも、ここの退屈っぷりと比べたらマシじゃない?  十五歳。自分が神様の資格を正式に与えられるまで、あと五年。正直、一人前と言っても過言ではないくらい魔法が使えるようになったという自負がある。あと五年も待つのは単に、そういう慣例となっているだけだろう。見習いを卒業したらもう少し色々な仕事をさせて貰えて、趣味も旅行も思いのままとなるというのに。 「よし」  今日まで親の命令に逆らわず、表向きは優等生を演じていたコルンであったが。その日、ついに意を決して規則を破ることにしたのだった。  父神と母神の目を盗んで、地上に降りてみることにしたのである。  大義名分はもう作ってある。前に両親と降りたった時、とある場所に宝物のブレスレットをわざと忘れていったのだ。万が一両親に見つかったら、そのブレスレットを取りに行っただけだと言い訳すればいい、と。
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