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「ママって、そんな子だったの?」
目の前に現れた子がそんなことを言った。
長い赤茶色の髪で、手足が長く背も高いその子は、私と同じ年ぐらいに見えた。
私はこの子を知らなかった。
「……いま、私のこと、ママとか言わなかった?」
「言ったよ?」
「私、子供なんていないんだけど? まだ小学生だし」
「うん」
その子は私のことを上から下までなぞるように見た。
「何なの? 私、貴方のことなんて知らないんだけど?」
「だからぁ……って、もっと柔軟に受け止めて欲しいんだけどなぁ」
「……何を?」
「このシチュエーションをさ」
彼女はオーケストラの指揮でもする世に両手を掲げた。その両手に釣られて私は辺りを見回した。しかし、他に誰かがいるわけでもなかった。エレベーターホールには誰もいない。
「何を受け止めろっていうの?」
「察してほしいっていうかね。私……坂林メイカ」
そんな名前を私は知らなかった。
「私は貴方のこと知ってる。石上絢夏でしょ?」
石上絢夏、それはたしかに私の名前だった。私が頷かないでいると「合ってるでしょう?」と彼女は首を左に傾げた。
「……なんで私の名前を知ってるの? この塾に通ってる子? それとも学校が同じ?」
「違うって。さっき言ったじゃん。貴方は」
「『ママ』じゃないから」
彼女の言葉を遮ろうとしたが、私の言葉ではその続きを制することはできなかった。
「私は、貴方の娘・メイカ。未来の貴方が生む娘だよ」
「……は? 何言ってるの? 未来? どうしてそんなことが言え……」
「未来ではね、過去の時間へタイムスリップすることが解禁されたんだ。だから、ママに会いに来た」
「そんなの……信じられるわけないでしょ? じゃあタイムマシンでもあるの? 見せてみなよ」
「疑い深いんだなぁ……」
口角をあげて彼女は微笑んだ。そして、何か小さな声で囁きはじめた。何を言ったのか聞き取れなかった。
「反重力装置……オン……!」
やっと言葉を聞きとれたとき、彼女の背が急に伸びた。いや、違う。
彼女の足が、リノリウムの床から離れ始めていた。いや、足というか、彼女自身が浮き始めていた。
空中浮遊――、そんな言葉が頭に浮かんだ。
「どう? これで信じてくれる? 私が未来から来た人間ってこと」
彼女・坂林メイカは少し目を細めて、微笑んだ。
私は、この子に私を目を奪われていた。
ほんの数分前に会っただけのこの子に。
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