本当、の理由

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本当、の理由

「先輩、それだけですか? 僕に隠してることがまだあるんじゃないですか?」  ノゾムは今まで見た事も無いような視線で俺を見つめ、そう言った。  マシロと俺の関係が、ただのいとこ同士かどうかを確かめている。  いや、ただのいとこ同士じゃないのを確かめている。  絵を描く奴はよく見るから観察眼も鋭いんだろうな。最初からノゾムは俺とマシロの関係を見抜いていた。 ”本当に彼氏なんですか?”  その通りだ。彼氏じゃない。俺はただのいとこの兄さんだ。だけどマシロは俺に触られたがった。付き合ってもう三年になる彼女がいるにも関わらず、俺はその役目を引き受けた。仕方ない事だった。他の男に抱かせる訳にもいかず、周りを見ても適任者は誰もいなかったから。  その役割にもう疲れたから、マシロがノゾムに対しては恐れを抱かないのを半ば利用して二人が付き合うようにけしかけた。  抱いてはいないがマシロを性的な意味で触って慰め落ち着かせたのは間違いない。あの狂ったように泣き叫ぶ発作を収めるのに手っ取り早いのは、あれしか方法が見つからなかったからだ。  事故から奇跡的に生還したものの、マシロは心が壊れてしまっていた。精神科での入院を経て退院したが、とても一人で暮らせるような状態ではなかった。 「父さーん! かあさ―――ん!!」 目の前で溺れていく両親を助けて、と泣き叫ぶマシロに、兄まで溺れて亡くなっているとは到底言えなかった。 「お兄ちゃんは……?」 「まだ治療中なんだ。良くなるまで待とうな」  ずっと誤魔化してきたが、精神科の外来通院時に、うっかり医療スタッフの誰かが兄が亡くなっていることを言ってしまったらしい。  らしい、というのは、その日に限って俺が同行していなかったからだ。その日、マシロは帰ってこなかった。携帯も繋がらず、メールやメッセージでも連絡が取れない。警察に連絡をしよう、と話していた矢先、ふらりとマシロが帰ってきた。 「お前、どこにいたんだ⁈ 心配したよ」  ぼんやりとして目が虚ろだ。よく見ると首筋に赤い跡がある。 「おい、お前……」  マシロに彼氏はいない。もしどこかの男にやられてるなら、俺では確認できない。 「エリ……これ見てくれ」  恋人のエリに首筋を確認してもらった。一気に彼女の顔色が引いた。 「お帰りなさい、マシロ。これ、二人になってちょっと見せてくれる?」  優しくマシロに話しかけると、奥の部屋へ連れて行った。  落ち着かない気分で待っている間に、時計の針が半分回った。 「……ヤスユキ、病院と警察行った方がいい」  目に涙を溜めてエリがリビングに戻ってきた。淡々と何をされた、したのかを話したのだという。 「マシロ、壊れちゃってるよ……私たちじゃ手に負えない」 「一体何されたんだ」 「私にはとても、言えないよ……!」  エリが両手で顔を覆って号泣した。中学生の時から友人として六年、恋人として三年付き合ってきて、こんなに絞り出すように泣く彼女を俺は初めて見た。 「ごめん、辛い思いさせて……」  エリを抱きしめたけれど、ショックで震え冷え切った彼女の身体を温めることが出来ない。  妹のように可愛がっているマシロがボロ雑巾のように男に扱われて帰って来た。俺たちは、自分たちがマシロの状態を甘く見て一人で診察に行かせた事を嘆いたが、全て、後の祭りだった。
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