きらぼし

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「めるしー!めるしぼーく!」 待っていた兄に、私に手を引かれた彼女はぺこぺこと頭を下げ礼を言う。にこりと営業向けの人当たりのよい顔で肯いた兄は、小声で、また日本人か、と呆れていた。 「はぁたすかった。めるしー!めるしぼーく!マダームエリーァ!」 「それよりこれからどうするの?」 列車の時間までに私たちは食事をするつもりだけど、一緒に来るかい?と世話を焼く私に兄は肩を竦める。 「とりあえず朝一番のチケットゲットして、後はラウンジで待つよ!」 「は?」 「エリィ?」この子は空港で寝泊まりするって言ったか?と確認する兄に私も慌てて聞き直すが、彼女はうぃぅぃ!と満面の笑みで応える。無敵な無防さだ。 「オーキャンプロブレム、セボン、まだーむえりーぃあ、めるしぼーく!おーるぼおぁ!」 「兄さん!!」 「いや、しかし、時期が悪いだろ。休暇前だぞ?今日帰らないと次の列車の席もどうなるか。」 「兄さん。」 兄の気難しい目つきから目をそらさずに見返す。一向に手を放さない私に彼女は不思議そうに首をかしげた。 「エリーァ、問題ないの?わたし詳しくないけど、クリスマス休暇なんでしよ?」 「、、まあ、問題ないよ。」 空港に泊まる、と言った彼女、サキはその言葉通りに貴賓ラウンジへと足を向けた。毅然とした門番の麗しい受付嬢に、ヘラリと笑い黒に近い紺色の煌めくカードを提示する。門番は正しい所作で彼女とその連れである私を厳重な扉の中へと招き入れた。宿泊するには十分な設備と過剰なまでの食事が用意された空間が広がっている。 「エリーァ、ファーストなら帰りのチケットまだとれるんだよ。」 「いいんだ。」 ファーストクラス!休暇目前のバカみたいな値段の!たった数時間のフライトで私の半年の年俸をサキは事もなげに言う。明日の朝の同乗する英国便のチケットの値段でさえ恐ろしかったというのに!私はサキへの評価を改めていた。無敵に無防備な世間知らずのご令嬢だ。その有り余る資金で執事(秘書)を雇うべきだ。実際、私はそう提案した。 「エリーァ、わたし世間知らずではないし、令嬢じゃないよ?お金は必要ならたくさん使えるってだけ。」 僅かにサキは目を伏せた。ひょうとした態度にほんの少しの寂寥が滲んでいた。私はそれ以上何も言えず、彼女への同行を申し出た。放ってなどおけなかった。言葉の通じない繁忙期の異国で宿泊先の手配がどれだけ大変なことか! だがまさか貴賓ラウンジで夜明かしするあてがあったとは。彼女は私が考えるよりたくましいのかも知れない。そがまた呆れるほどに私に小鳥を思いださせた。 「ラウンジはね、今夜会う予定だった友人のコネがあって大抵の国は使えるんだ。」 そう言ってサキは、じゃあまずは腹ごしらえ。フランスおすすめの食べ物はなに?と目を輝かせた。
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