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空港に降りた時は晴れていたが今は薄曇りの空からはらはらと雪が舞い落ちている。英国の冬は陰鬱だ。地下鉄から地上へ出て待ち合わせたという公園へと向かった。相変わらず無防備なサキにバッグを前で抱えるようにやんわり注意する。公園の中央のクリスマスツリーにポカンと口を開け、すごい大きさだねー!ときらきらと目を輝かせ、スマホを取り出し一緒に撮ろうよと私を招く。誰かに頼めないかなぁと辺りを見回すので、後で迎えが来たらにしようと宥めた。付き添って正解だったとつくづく思う。自己責任なのはわかっている。私の過剰な親切は、彼女が小鳥に似ているからなのだということも。
「さっちゃん!!」
呼び声に反応したサキが辺りを見渡すと、大通りの入り口から黒いダウンコートの青年が駆けてきていた。黒髪の彼は日本人だろうか。はぁちゃんだ!と走り出した彼女を受け止めるように青年は両腕を開いた。その両腕をがしりと掴みぶんぶんと上下にふり、サキは私を振り返る。つられるように此方に視線をあげた青年に私は穏やかに微笑もうとして、失敗した。
絡んだ視線が捉えた黒い瞳にはきっと捕らわれた私が映っている。雲が切れ覗いた太陽がキラキラと粉雪に反射する。巨大なモミの木に飾られたクリスタルのオーナメントに乱反射する光の眩しさに目を伏せた一瞬に冷たいナイロン生地に顔が埋まっていた。
彼の腕にかき抱かれて、捕まってしまった、ぎゅうぎゅうと息もつけないほどに抱きしめられている。
「アリー、、っ!!」
「、、、っ!!プッサン!苦しいよ。」
「うあっ、ごめんっ!!デズゥリ!!」
腕の力が緩み私は顔をあげた。唇を鼻先に寄せ間近で見下ろす黒い瞳は熱を孕んでいて、私は年甲斐もなく顔が熱くなっていく。そんなばかな。私の小鳥!可愛い年下の坊やが、こんな、いや、違う、小鳥は私を愛してなどいなかった。
「アリー、アリエル、ああ、アリーだ。」
ちゅっと鼻先にキスを落とし頬を寄せる小鳥は蕩けたような甘い瞳で私を見つめる。まるでそれは。
「ノン、ハヤト、ノン。」
「なんで、あー、、あー、えっと、アリエル、、、ヴ、ゼドゥマリエ?」
「ノン!!」
ひゃはー!さいこーだー!ぎゅうっと強く抱きしめ、するりと小鳥は私を解放した。離れていった頬の温もりはあっという間に冷えていく。そのあまりの冷たさにぞっとした。私が小鳥を放したのだ。だってそうしなければ私は縋っただろう。いつか雄々しく飛び立つ小鳥の羽根を切って閉じ込めてしまう。だというのに!
目が合った、それだけでまた捕らわれた。離さないでと心臓が悲鳴をあげている。私に背中を向け、サキと話すハヤトに、私を見て!と叫びたくなる。私を見て。私を、私だけを!
あの頃だってハヤトは私を求めていたし好きだった。狭い二段ベッドで身を寄せる私達は確かに対の二人だった。けれど別の、誰かなのか何かなのか、も求めていた。学生の恋人なんてそんなものだと私は思いたかった。思いたかったのだ。
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