きらぼし

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親密な雰囲気で笑い合うふたりに、じりじりと胸が焦げつく。けれど目を反らせない。サキの華奢な白い手袋の指先が彼の胸をトンっとつき、ハヤトははにかんだ。甘やかな幼い表情に愛が滲む。ああ、運命(神様)はこのために彼女と私を出逢わせたのか。私に小鳥への未練を終わらせるために。 サキと小さく手を振り合ったハヤトは私の前に進み出た。自分を見てくれと胸を焦がしていたはずの私は、泣くことも笑うことも出来ずに立ち尽くしたままだ。 「アリエル、あー、」 足元で片膝をつき、右手を胸に当て、左腕は手のひらを上に私へと差し出す。赤い薔薇もなく、リングもなく、手のひらにはカスレ(豆料理)の缶詰があった。黒いダウンコートに雪がキラキラと散り黒い艶めく瞳がまっすぐに私を見つめていた。 「ヴェ、テゥメズモア、、スエテ!ウィ!!アリー!ジュテーム!」 学舎の屋上のプロポーズより、はるかに流暢になっている馴染みの母国語が白昼夢のようで、私は思わず顔をあげた。がんばって!はぁちゃん!と視界の端でサキが両手を握りしめている。その後ろにはハヤトの友人らしい青年達も見えた。私はゆっくりと視線を下げる。果たしてそこには、強張る笑顔に緊張を隠せない、けれど揺るがずに私を見つめるハヤトがいた。 「ジュテーム、アリー、ジュテームプリュスクートゥ(君しか要らない)、セビィ、アリー。」 「ジェ、ネ、セパ(そんなの知らない)、知らないよプッサン、ノン、や、ウィ、あああ、ウイ。いぇす、ハイヨロコンデ!」 君が一番大事なんだ。知ってるだろ?と切望を滲ませ言い募る小鳥を私は拒めない。愛してたのは私だ。私が君を愛していたんだ。ずっと。忘れられず捨てられず、ショーユを持ち歩くほど未練たらしく過ごしてきたのだ。震える両手を伸ばし同じく震えていたハヤトの手のひらにあるカスレの缶詰を宝玉のように包み込み両膝をつく。同じ目線の高さで顔を合わせた私たちは、くしゃくしゃに顔を歪ませボロボロと涙を零し互いへと倒れ込むように抱き合った。どんな理屈を並べても無駄だ。目が合った刹那の激情が全てをかっさらっていく。愛している。愛している。ただそれだけが反芻され増幅されていく。他の感情など入る隙間もない。いつの間にか缶詰はハヤトのダウンコートのポケットへと回収されていて、今度こそ私は彼をしっかりと抱き返した。私の小鳥。大空を知って尚、私の元へ帰ってきた愛しい人! どこかで高らかに鐘が鳴る。祝福の鐘の音だ。ひょっとしたらそれさえ私の頭の中かもしれないがかまうものか!今この瞬間、私が世界で一番幸せなのだから。 「あーぅー、俺たぶん、いま、せかいいちの幸せもんだわー」 手袋を外し私の癖のある髪が絡まないように指で梳くハヤトのつぶやきに、ほら神様。やはり私が一番幸せじゃないか、と目を細めた。
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