プロローグ

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プロローグ

 6人の人影が石造りの暗い部屋で揺らめく。 「足元に気をつけよ」  頷いているかどうか、それすらも分からないほどに暗い。手持ちの燭台ではどうも明かりが足りないのだ。だが、唯一ハッキリ見えるのが、緑色の石が嵌められた首飾りである。フードを被り、裾がくるぶしまである装いの集団でも、1人だけ豪華に装飾しており、ろうそくの火でギラギラと反射していた。  首飾りの人物がやや上向きに手を振ると壁面に据え付けられた燭台に火が灯った。小刻みだった歩みもやっと自信を取り戻し、それぞれが定位置に並ぶ。床に描かれたペンタクルに沿う様に円陣を組むと、そのうちの一人が肩に担いでいた麻袋をペンタクルの中央へと放り投げた。ガシャン、ジャリン金属や小銭がぶつかり合う音が室内でこだまする。地下の石造りだからだろうか大きな音が響き、誰かがヒッと声を漏らす。だが誰も茶化したりはしない。皆呼吸が浅く、顔から体温が消え、手が凍える様に冷たく震えているのだから。 「では、始める。ここで何があろうともお前たちの働きは歴史に刻まれるのだ。誇りに思う、同志たちよ」  首飾りの男は怯えを隠し、堂々とした口調でそう伝えた。  気持ちを表し、始まりの合図としたのは、同志たちの気持ちを少しでも静める為であった。冷静さを欠き恐怖に支配されては、思わぬ行動をとってしまうから。  燭台片手に右手をペンタクルへと翳すと、残りの五人も同じく手を翳し彼の言葉を待った。  深く息を吸い、深く吐く。覚悟を決め、彼は言葉を発した。 『我はマルカーヴァ王国王子イマヌエル・デ・マルカーヴァ。第9位階の王マモンよ取引をしたい。この声を聞き、一考の価値があると判断したならば、この地に』  突然、全てのろうそくの明かりが消えた。  何が起きているのだ。今すぐに明かりを灯しすべてを見通したい。この暗闇が一層の恐怖を煽ってくる。だが、途中でやめる事は出来ない。まだ続きがあるのだからと、とにかく心を落ち着け、何も見えない空間で次の言葉を発しようとしたその時、ペンタクル中央から金属がぶつかり合う音が響いた。まさか、同志の誰かが気を失ったのか?それとも錯乱してペンタクルの中に踏み込んでしまったのか。  クソ!頭では分かっていた、分かっていたが目の前の助けられる命を見捨てる事が、こんなに忍耐を必要とするとは。  同志はこうなってしまう危険を承知の上で来たのだ。国を救うため、数千万の命を救うため、今はただ続けるしかない。  ぐっと奥歯を噛みしめ、口を開くとパッとろうそくの明かりが戻った。手元の明かりも壁に据え付けられた燭台にも。  そして、音がしたペンタクルの中央にいたのはローブ姿の同志ではなかった。  とんがった耳、黄色い目、薄気味悪く笑う口元にはギザギザとした歯が並び、自らの頬に添えられた手には鋭い爪の生えた太い指がついており、腕組みしながらこちらを眺めていた。  ヒッとまた小さな叫びが聞こえ両膝が大きく震えていると思えば、その膝は力なく崩れ落ち、前のめりに顔面から倒れてしまった。そう、ペンタクルへと身体を大きくはみ出して。  全員が固まった。悪魔召喚において禁則事項の1つが今破られたのだ。こうなってはどうにもできない。ペンタクルの内側からは絶対に出る事が出来ないのだ。悪魔が簡単に出てこられない強力な結界になっており、取引が終わるまではこのペンタクルを破壊することが出来ない。ペンタクルを破壊すれば、強大な悪魔がこの世界を自由に闊歩することになってしまう。  すると悪魔はおもむろに、とんがった耳の間に乗せられたトップハットを小脇に抱えた。そして、ギラリと輝く宝石の指輪を嵌めた、ごつごつした手が倒れた同志へと近づいていく。 「待て、待ってくれ。彼は見逃してくれないか」  あの中で何が起きても手は出せない。そして、ここで儀式を中断すれば、また魔力と貢ぎ物を集める為に膨大な時間が必要となる。だから、倒れてしまった彼は助からないはずなのだが、僅かな望みをかけて、頼んでみたのだ。これは取引でもなんでもない。悪魔の()()に縋ってみたのだ。  真っ赤な宝石のついた首飾りが揺れ、とんがった耳についているピアスがキラリと光る。大仰にフロックコートを靡かせながら振り返った悪魔は、キョトンとした顔で答えた。 「食うとでも思ったのかい?」  再び場は凍りついた。もちろん誰もが食うと思った。悪魔の手下である魔物は人間を食らう。そして、悪魔も人間食うと、書物には丁寧に図解付きで描かれている。 「どいつと勘違いしているのか知らないけど、オイラは食わない。無事か確かめようとしただけさ」  嘘だ。悪魔は平気で嘘をつき人を誑かす。それが彼らの得意とする事なのだから。 「そ、そうでしたか。これは失礼した。取引の前にお越し頂き感謝する。我は」 「さっき聞いたさ。王子だろう?さあ、取引しようか。何が欲しいんだい?」 「……我々はブルッフーヴァに侵略されようとしており、どうにか食い止めたいのです。ですから力を貸して頂きたい」 「分かった。オイラの軍団を貸すよ。報酬は?」 「そこにある金貨と金銀の鋳物が報酬の一部。見事撃退に成功したならば、更にその2倍をお支払いする。如何か」 「コイツは中々の重量だよ。この2倍準備できるのかい?」 「ええ。間違いなくお支払いします。ただし、撃退できればですが」 「じゃあ、成立さ。で、いつ魔物を召喚してくれるんだい?」 「は?貴方様が連れてきてくれるのでは?」 「年に一回しかおいら達は人間界に来られない。君達から召喚されない限りはね。だから、召喚してくれないと無理だね」 「そ、そんな!この召喚にどれ程の労力を掛けたか。軍団規模を召喚するなど、そんな力はもはや」 「この儀式は大変なんだね。別にオイラは急いでないから、数年後にでも呼び出せば?」 「それでは間に合わない」 「そうかい。とにかく取引は成立さ。まあ、召喚頑張りなよ。それで、オイラは何処にいればいいんだい?贅沢は言わないよ。大理石の風呂と召使い、後はワインとチーズがあればいいさ」 「……もし、軍団が呼べなかった場合は貴方様が戦ってくれるのですか?」 「ふむ、君は知っているだろう?オイラは武闘派じゃない。でも、助太刀はするさ。得意な事でね」 「勝てますか、この戦争」 「フッフフ。未来を知りたいならアスタロトを呼べば良かったのに。さあ、部屋に案内してよ。人間界は久しぶりだなー」  コツコツと何かを鞣した革の靴でペンタクルを抜けると、この部屋に1つだけの扉へと真っ直ぐ歩いていった。  意味は分からなかったが、ガチャガチャと麻袋を肩で揺らしながら歩く、緑色の悪魔の独り言を、王子は確かに聞いた。 「3人なら上出来かな」
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