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目を覚ますが、真っ暗で何も見えない。グッと体に力を入れるが、どうにも動かない。油が切れたブリキ人形のようでギシギシと体が唸っている。
それに何かがおかしい。自分が自分ではないように感じる。体の隅々まで神経が行き届いているはずなのに、横にズレているような、宙に浮いているような、はたまた重力に引っ張られ横たわる体の背中側に滑り込んでいるような、定まらない感じだ。
ぐるぐると記憶を巡るが、知らない顔が出てくる。いや、知っている。これは俺の妻、いや、俺に妻はいない。それに、こんな街は知らない、いや、ここはオーランド市マルカーヴァ西部の街。マルカーヴァ?日本ではなく、マルカーヴァ王国だ。
全く知らない記憶のはずなのに、知っている。だが、日本という国も知っている。マルカーヴァという国はあったかな?
何だこれ、石で出来た家とボロい服。馬が走っていて、甲冑を来た誰か、騎士か、そんなやつまでいる。世界史に出てくるような、かなり昔のヨーロッパみたいだ。
「起きてるかーい」
急に左側から声が聞こえた。中性的な声。顔を動かそうにも、体が言うことを聞かない。辛うじて目だけは動くが、暗くて何も見えない。
「まだ、転生してないのかな。この辺にいるはずなんだけど」
クソっ、何で動かないんだ。声も出ないし、あれ?ていうか呼吸してるのか俺。俺、俺?俺は誰だっけ。
「いたら返事してー。オイラ他にも用事があるんだ」
俺は確か、日本の東京で働いてて、死んだんだ。えーと、あれだ。死刑で首を括られたんだ。
「んー。まだ早かったのかな。ごめんねー。また後でくるよー」
待て待て待て、ここはどこだよ!
「こひゅー」
「ん?」
途端に不安定な感覚が収まり、体に力が入るようになってきた。呼吸もできる。まだ、鈍ってる感じがするが、どうにか体を起こせそうだ。
男はグッと体を起こすと、呼吸を整える。全身の細胞が酸素を渇望していたのか、乾いた大地に雨がふるように隅々まで血液が巡っているように感じていた。
「起きたのかい?」
「……あ、ああ、お、きた」
「おお!それは良かった」
パチンと音がするとボンヤリとした光球がふらふらと天井へと上っていく。ぶつかると同時に巨大なシャンデリアへと早変わりし、重みで落ちて来ると思ったが、ガゴンと音を立て、落下することなく無事に吊り下がっているようだった。
男はシャンデリアに驚きつつも、声のしていた方へ顔を向ける。そこにいたのは、化け物だった。
「やあ、無事に転生できて良かった。どんな気分だい?」
「お、おまえ、なんな、んだ」
「オイラかい?ああ失礼。オイラはマモン。悪魔だよ。さあ、今度は君の番だ」
「あくま?ここはどこだ。地獄か?」
「ある意味ではね。少なくとも死の世界では無いよ。オイラは自己紹介したぞ?君はしてくれないのかい?」
「俺、は虎壱實龍瑯だ」
「よーし。前の人格は消えてるね。記憶は残っているのかい?」
「どういう、意味だ。俺は死んだ、はず」
「転生したんだよ。前の世界で死んで新たな命を授かった。その体の持ち主の記憶は残っているかい?例えばここが何という国でどこなのかとか」
「ああ、記憶はある。マルカーヴァだろ?」
「完璧だね。質問はあるかい?いくつか答えるよ」
「何でいくつかなんだ?人を叩き起こしといてそんな雑でいいのかよ」
「雑でいいんだよ。君は産まれてすぐに社会についての授業を受けたのかい?」
「……ここは日本じゃない。てことは外国なのか?タイムスリップしたヨーロッパとか?それでお前は、お前は、何だよ悪魔って。これは夢なのか?」
「そもそも君のいた世界では無いよ。日本では無いしヨーロッパでもない。全く別の世界さ。それにタイムスリップもしていない。そして、オイラは悪魔で、夢じゃない。頬つねってあげようか?」
すべての指に嵌められたギラギラの指輪達が近づいてくると、龍瑯はそれを払い除けた。
「聞いても意味が無いな。今すぐには信用できない。あ、待てよ、この記憶は何なんだ?間違いなく誰かの記憶だ。何で他人の記憶が自分のものみたいに分かるんだ」
「それは、その肉体の前の所有者のものさ」
マモンが手のひらを広げると銀色の小さな何かがくるくると回り、徐々に大きくなると1枚の手鏡へと変貌した。回転していた鏡の柄を握ると龍瑯の顔へと向けられた。
「これが今の君」
そこに写っていたのは、以前の自分ではない。黒髪だが、青い目。彫りが深く鼻も高い。
「誰だこれ、俺なのか?」
「魂がこの肉体に収まったんだ。もう取り替えられないよ」
別に気に入らないのではない。全く知らない顔の自分がいるのだ。自分ではないはずなのに、自分だと認識している。とても不思議で奇妙な感覚。
「ここが元の世界とは別だとして、日本に帰ることは出来ないってことでいいか?それとも手段はあるのか?」
「帰るとしたら、魔界経由になるんだろうけどさ、たぶん無理だね。長らく魔界にいるけどそんな方法聞いた事も無いよ」
「そうか。元の世界には行けないんだな」
「うん。帰りたいのかい?」
龍瑯は鼻で笑い答えた。
「まさか、あんなクソみたいなところ帰りたくねえよ。最高だな、2回目の人生」
「そう言ってもらえて良かったよ。あ、ところで君にはある能力が備わっているんだ。実はね」
「ああ、知ってる。人を殺したらどうのこうのだろ?それに、自分の能力の事が分かったり、死体から能力を貰えたり」
「えっ!?何で分かるの?っていうか他の能力は何?」
「は?それを教えるつもりだったんだろ?」
「い、いやオイラが教える予定だったのは強欲の能力だけだよ。他は知らないし、そもそも何で能力に詳しいんだい?」
「傲慢、っていう能力があるからだな。コイツのお陰で能力については何でも分かる」
「……傲慢?へぇ、君は運がいいね。それ、魔王のだよ」
「魔王ね。まあ何でもいいや。それで、俺は誰かを殺さないと超能力が使えないんだな」
「超、能力というか、ただの能力だけど、まあそういう事だね。因みに、この能力ってのは転生者しか持っていないんだ。ここに元々いる人間は持っていない。だから、能力を奪うなら転生者を探すといいよ。簡単に殺せそうなのを教えてあげようか?」
「……やけに優しいな、悪魔のくせに」
「聞きたい?聞きたくない?さあどっち!」
「嫌だ、答えねえ。絶対なんかの罠だ。俺はまだ死にたくねえ」
「うーん、噛みついたりしないよ。でもね、こっちにも事情があるんだ」
「ほーら出た。大体こういう優しさには裏があんだよ」
「簡単に言うとね、君が悪人だととても助かるんだ。善人だとちょっと困るかな」
「ほお、つまりどういう事だ?」
「オイラたち悪魔は人間界がカオスになればなる程良いことがあるんだ。だから、君達を転生させて、より混乱させたいんだけど、転生する魂は大体見た目が同じだから、善玉か悪玉かなんて分からないんだ。それで今善玉が多すぎて困ってるんだよね。転生者って強いからさ、アイツらのせいで何だか平和になっちゃって。もっと無茶苦茶になって欲しいんだよね」
「ふーん。俺が善玉だったらどうする気だ?」
「どうもしないよ。善玉が増えたとしても、どうせ人間は勝手にカオスになるからね。でも、もっとかき乱せたらいいなってだけさ。人頼みじゃなく自力でね」
「悪魔のくせに勤勉なこった。それで言ったら俺は悪玉だろ。何がなんでも能力が欲しいし、強くなればやりたい放題出来るんだろ?」
「うんうん。好き勝手にやっちゃって。何なら君一人で無茶苦茶にしてくれてもいいよ」
「ハハハ。これが夢だったらブチ切れるぜマジで」
「夢かどうかは自分で確かめなよ。オイラに触られたくないみたいだし。じゃあ、次の転生者のとこに行くから。他に質問あるかい?」
「んああ、そうだな。転生者の居場所を教えてくれ」
ボサボサ頭の黒髪男は、死体に囲まれた安置所で悪魔マモンの話に聞き入っていた。
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